ちょっと淋しい

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ちょっと淋しい

♪ ♪~♪・・・♪ ジャジャーン 「ひゅう~そろそろ明日になっちゃうわ、ここらで終わろうか。」 「ひゃー、疲れた。左手の指先が腱しょう炎だ。」 「もうフットペダルの感覚ないです。ハイハットも上がらないですよ。」  疲れがピークにきて、もうこれ以上演奏しても上達は望めないだろう。ということで、ここで練習を切り上げることにした。それぞれに楽器の設定を元に戻し、用具を片付けながら佳世子が誘って来た。 「マサ君、遅くなっちゃたからどっちでも構わないけど、私達この後いつものファミレスに寄って反省会やるんだ。出来れば、付き合ってくれないかな。」 「毎度のダベりで~す。」 「こら~カン太(菅野のあだ名)、本当でも、ここは協力しろ。」 「わっかりました。いつかはバックをマサ先輩にお願いして歌いたいって言っているカヨ[佳世子のあだ名]先輩のたっての頼みです。僕も練習の感想を伺いたいので、よろしくお願いしま~す。」  明日は出席しないといけない授業があり、それから川村の店へ行き、例のCDをもらい、それから今ヘルプしているバンドのライブハウスのリハ[リハーサル]がある。さすがに本番が迫っているリハには手を抜けない。ちょっとキツイ日になりそうだったので、雅章はどうしようかと考えた。  ”2コーラスに入る所がさ” ”ああ、もたついてる”  # アハハハハ  皆、楽しそうに演奏の感想を口にしながら後片付けをしている。そんな軽音部の日ごろの様子にも関心があるし、久々に気の合う連中と他愛ない話をしたい気分になりたくなった。 「まあ、ちょっとだけならいいよ、行こうか。」 「やった~、マサ大明神の気が変わらぬうちに撤収ううう~。」  それから、学校から歩いて数分離れた所にあるファミレスに入り、軽く食事をしながら、バンドや軽音部のことを気ままに思いつくまま話をしていた。 「カヨのバンド、結構まとまっていて良い感じじゃん。そうだな、出来るならもうコピー曲やるの減らしてさ、オリジナル曲を作っていくこと考えていったらどうかなあ。で、演奏ではさ、カヨの声は高音に張りがあるだろう、そこを生かすためにもさ、高橋、カヨがサビで前に出た時は、トーンを抑えるかコードを工夫してバッキングに専念しろよ。それから菅野のタイコ、全体的に元気があって良いよ。ただ、オカズが入った時にバスドラの鳴りが弱くなる、すると演奏の厚みがなくなる。つまり、ハードな曲の時なんか、そうなると重い感じが出なくなるよな。だから、この点の基本練習をもっと増やして、オカズの時もしっかりペダルを踏み込めるようにすること。最後にカヨ、メインボーカルとキーボードの2つをやっているから仕方ないかもしれないけど、パートが重なった時、キーボードにうつむきがちなのでパフォーマンスが落ちたように見える。曲の暗譜をしっかりやって、客目線をキープできるように心がけること。やっぱりバンドの顔は、見た目のアピールは大事だよ。全体的に楽しそうに演奏しているように見えている。今言ったことは少しずつ治して、アマチュアなんだから細かい技術は余り気にしないで、思いっきり今のスタイルで押して行っていいと思うよ・・・まあとりあえずそんなとこかな。」 自分達が見えていない不味いところを明確に分析してくる雅章に、高橋と菅野は感心していた。 「さすがマサ、すげえご指南、いや~ためになるなあ。」 「本当、反省会らしくなりましたです。早速、明日からバスドラの修行いたしま~す。」  深夜のファミレスは、店内に流れているBGMだけの静けさであった。普段のように喋ると話が筒抜けになる。しかし、雅章達以外に客の姿は見当たらなかった。時折、厨房の方から食器を動かしている音が聞えてくる。 「ところでさ、今、軽音部ってどんな感じになっているの。ゴメン俺、さっき言われたように全然顔出してないからわからなくってさ。」  佳世子が、当店お勧めのティラミスにスプーンを入れている。 「学祭でやる恒例のバトルライブ喫茶、今は皆、これに向けてそれぞれ練習してるってところね。」 「高校時代のライブ演奏会なんて、お遊びですよね。打ち上げのゴチ[ご馳走になること]を賭けて、集客数、売上、人気投票のポイントで総合ランキングを競うんで、皆、気合い入ってますよ。」  学園祭は、軽音部にとって重要なイベントである。今さらであるが、部員なのに同じ楽しみを共にしていないことに淋しさを感じてしまった。雅章は、珈琲を一口飲んで呟いた。 「学祭のライブか・・・俺にはなんにも話来ないからな、ちょっと淋しいな。」 「当たり前じゃない。マサ君はデビューはしてないけど、プロ同前なんだから、だから皆、遠慮して誘えないのよ。もしその気があったら、うちのヘルプやってくれる? 一応部内の決めで、マサ君が入った場合は、ハンデが付くことになってるけどね。」  すると、雅章の口から意外な言葉が返ってきた。 「・・・いや、俺なんかまだまだ、本当、プロになる・・・なったとして食って行けるのか、ぜんぜん自信無いよ。」  いつも自信満々の雅章から思いがけない弱音が出てきたので、佳世子達は少し驚いた。 「マサ、どうかしたか?」 「先輩、なんか違いますね。」 「マサ君、なんだか元気無いけど、さっき言ってた刺激的な出来事が原因なの。」  雅章は、今日あったバトルセッションのことを佳世子達に話していた。 「へ~、マサ先輩をここまでへこますとは、そのじいさんってスゲーな。」 「駄目よ、菅ちゃん、そんなこと言わないの。」  すると、すこし静かになっていた高橋が口を挟んだ。 「タガミ、タガミ、おっ、その名前、俺、聞いたことあるぞ。」 「えっ、高橋、それ本当?、有名なギタリストなら大抵知ってるんだけど、初耳なんだ。その人知ってるんだ、とにかく何でもいいから教えてくれる。」  明らかに雅章の表情が変わった。そして、佳世子達もそれに気付いた。 「ああ、いいよ。俺の親父、学生の頃やっぱり他にもれず軽音にはまってて、その辺りのことは結構詳しいんだ。確か、田上尚正って言ってたな。アメリカの音楽界から出て来た日本人の凄腕のギタリストだって聞いた。彼はスペイン人の血が入ってて、若い時、単身アメリカに渡って、ニューオリンズやシカゴなどのジャズの本場で演奏していたらしいよ。ある日、専属のライブハウスでやっていたところを著名な音楽プロデューサーの目にとまって、業界デビューした。その時はもう40歳位だったとのことだよ。そのテクニックは神業の域に達してて、確か・・・東洋の魔女、じゃなくて。」
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