2 バケツ

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2 バケツ

バケツを頭に被って、他人の秘密基地でクッキーをかじっている男子生徒がいた場合、どうするのが正解なのだろうか。 「………」 とりあえず楓は絶句して 「だ、誰ですか」 カバンをいつでも振り回せるように体制をとった。 廃校舎の教室の入り口。 彼女はあぐらをかいて座る彼を警戒のまなざしで睨む。 いつもは楓が外を眺めるための特等席。 窓の前で、彼は無言でお菓子を食べ続ける。 お互い、直線上で視線を交わして無言の時間。 「かとの くゆり」 男子生徒が、言った。 バケツの下からきこえたせいで、少しくぐもって聞こえた。 「へ?」 楓は一瞬、何を言われているのか分からなかった。 「ボクの名前」 男子生徒は最後のクッキーを食べ終わった。 細い雨が降り続いて、彼の背景をぼやけさせる。 薄暗い室内で、その声は予想外に明るかった。 「よろしくね、坂本 楓さん」 「…!」 名乗ったことも、面識もない。 楓は後ずさる。 「あー、ちょっとまって!  怪しくないから」 くゆりと名乗ったその人は、慌てたように手に持ったクッキーの空の袋を見て 「食べる?って言おうとしたけど、食べちゃった。  ごめん」 バケツの上から頭をかいた。 「いや、てか、それ…私が持ってきたんだけど」 昨日、食べきれなかったので今日食べようと隠しておいたのだ。 「うん、知ってる。  いつもおいしそうだなって見てた。  楓さんが作ってるの?」 「違う、けど…」 カバンの中には、今日拾ったカップケーキが1つ入っている。 それを言う気はさらさらない。 「そっかあ、まあいいんだけどさ。  本命はあなた。  楓さんに用があったんだ」 気さくな口調。 うっかり気を許してしまいそうな穏やかな空気に、楓はかえって緊張する。 「その前に聞きたいんだけど…」 彼女はごくりと、唾をならす。 「なんで、バケツ被ってるの?」 「ああ、これ?」 こんこん、と彼は被り物を叩く。 ブリキでできた灰色のバケツには、マジックで目のような点が2つ。 前は見えているのだろうかと、楓は心の中で首をひねる。 「顔がないから」 冗談めいた口調。 すぐに 「うそだよ」 彼はクスクス笑う。 「誰か分かったら、面白くないでしょ」 「いや、今の方が警戒するんだけど…」 「そう?  まあ、いいや。  それでさ、ちょっとお願いがあるんだよね」
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