3 みーつけた

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「ありえない。  ありえない」 布団にもぐって、がたがたと楓は震える。 「確かに、話したいとは思ったけど…友達になれたらと思ったけど…」 イメージとかけ離れすぎている。 校則をしっかり守った制服に、ピアスなんてもってのほか。 染めたこともない黒髪ロングの、見た目地味子の楓に、彼はハードルが高すぎる。 「次会っても、知らないふりをしよう」 なんならお菓子もあきらめよう。 断腸の思いで決意した翌日 「ねーねー、坂本さんってこのクラス?」 休み時間。 当たり前のように教室にやってきたその人に、楓は飲みかけた水筒のお茶を噴き出しかけた。 「あ、いるじゃん!  ねーねー、坂本さんで苗字あってる?  下の名前なんていうの?」 物怖じなんて皆無でよってきて 「ちょっとさー、廊下出て話さない?  そのほうがお互いにとっていいじゃん?」 言うだけ言って教室から出ようとする。 まるで楓がついてくるのが当たり前のような態度に、彼女は少しムッとしたけれど無視するわけにもいかない。 なんだから周りの視線を集めているような気がしながら、廊下に出て彼の前に立つ。 「そんでさあ、まずは自己紹介なんだけど、俺は甲本 吉野。  ヨッシーてみんなには言われてるんだ。  坂本さんもそういう風に呼んでよ。  てか、下の名前は?  その前に、苗字、あってる?」 向かい合ったとたんにべらべらしゃべりだす。 口調も雰囲気も軽すぎる。 楓はすでに膝が震えかけていた。 「な、なんで私の苗字を…」 「んー?  友達に、色々と声かけてこんな感じの子知らないって、聞いたら教えてくれた。  でもさあ、みんな印象薄すぎて名前とか性格よく分かんないっていうんだよね。  まじでうける」 なにがおかしいのか。 むしろ馬鹿にされているのでは 「…私に、なんの用ですか」 あからさまにムッとした様子の楓に気づいたのか 「ごめんごめん。  俺さ、興味があったんだよね」 ちょっとだけまじめな顔になった。 「俺のお菓子。  絶対に見つからないんだろうなーって思ってたのが、裏切られたからさ。  しかも毎日毎日。  んで、興味がわいた。  どんな子かなーって。  いやあ、なんていうか、めっちゃ地味じゃん。  そうじゃなかったらあんなところ行かないか」 あははは、と笑い声。 朝からずっと振っている雨とあいまって、まるでわずらわしいノイズのよう。 みんなが見ている。 陽気な生徒が、陰気な生徒に絡んでいる。 馬鹿にされて、いじられても仕方がない人間。 (それは、私だ) ぐっと、楓は唇を噛んだ。 「材料費…」 「ん?」 彼は首をひねった。 「材料費、払えばいいですか?」 「え?なんで?」 「それが、目的なんですよね」 睨みたいのに、うつむいたまま楓は顔をあげられない。 いきおいよく降る雨の音に、頭を押さえつけられたみたいだ。 「明日、持ってきます。  もういいですか」 くるりと背を向けて、教室に戻ろうとすれば 「ま、待って待って」 慌てて彼は楓の腕をつかんで引き止めた。 「ごめん、ちょっと喋りすぎた。  俺、いっつも一言多いって怒られるんだよ」 一言以上に多かった気もするがと楓は思う。 「べつに、坂下さんになにかしてもらおうって気はなくて…あ、いやそうでもあるんでけど…」 「授業、始まるんで、離してください」 「じゃ、じゃあさ、連絡先教えてよ!ね?」 「嫌です」 「じゃ、じゃあ、休み時間の度にお願いするよ!  そしたらいつか、教えてくれるよね!?」 「げ…」 (毎回来るつもりか、こいつ) 机の前で騒がれたらたまらない。 「…悪用しないって、約束できますか」 ため息まじりに楓が言えば 「そんなことしたことないって!」 ぱあっと、顔を輝かせる男子生徒。 即座に自分のスマホを出して 「やったー!  俺、すっげえうれしい!」 心の底から嬉しそうに笑った。 廊下の蛍光灯の下、金髪が光っている。 薄暗い外と比べて、それはとくに明るく目立つ。 「かえでちゃんて、いうんだ!  よろしくね!」 「………」 家族以外ではじめて登録した連絡先。 楓は複雑な気持ちでスマホをポケットにしまった。
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