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「私はサーロインよりハラミ派よ」
「それ慰めてるつもり?」
「最近脂っこいと胸焼けしちゃうからさあ」
「高級な油はしつこくないんだって」
「なら食べてみたいかも」
「わかる」
焼けた肉を網の端に移動させながら頷いた。
「ああして見るとお似合いだね」
「次は抉ってくるの?」
「もう早く諦めて他行っちゃえばいいのに」
「叶うと見込みがない恋も案外楽しいよ?」
「ドMなの?」
見込みのない恋は案外楽しい。
これは本当だ。
中途半端に手に入る可能性や期待感がある恋はもどかしくて苦しいけど、その見込みがゼロだと逆に楽だった。
浮き沈みもなく相手のことをただ崇め奉ればいいだけの話なので、好きなアイドルを追い掛ける感覚に近いかもしれない。
「それ、恋って言うの?」
「かつて恋だった執着かもしれない」
「そんな執着に大事な二十代前半の人生無駄にしたとか本当に馬鹿すぎるよ梢」
「でも毎日ハッピーだよ?」
期待しなければ傷つかなくて済む。
毎朝好きな人から「おはよう」と笑い掛けてもらえるだけで、朝の通勤電車に乗る憂鬱が少しだけ和らいだ。
加瀬くんとは、そういう恋でいい。
甘いだけの恋で十分。
この恋はこの先も永遠に不変で不毛で、だからこそ優しい。
「そんなこと言って年取ってから後悔しても慰めてあげないからね」
「老人ホームの保証人にだけなってよ」
「馬鹿」
適当な肉を美琴が私の口に押し込んでくる。
私はそれを有難く頂いて、優しい同期に心の中で感謝した。
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