SCENE:03/急降下

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加瀬くんはどんな時でも前向きだ。 異動して一か月と少し、毎日のほとんどを彼と過ごしてわかったことが幾つかある。 決断と行動が早いこと、課題を見つける努力を惜しまないこと、丁寧な周りへの心配り、体育会系で礼儀正しいこと。 でも朝は弱くてたまに出勤時間ぎりぎりに息切れしながら現れたり、昼食を食べても夕方にはお腹が空いたとしきりに言い始める。 これまで時々飲み会で顔を合わせるくらいじゃ四年経っても全然知らなかった彼のことを、このひと月余りで私は急速に吸収させられている感じだった。 「俺らも正直そこまでの信頼関係が築けてるかどうか自信はないですよ」 お猪口を傾けながら牟田さんが言った。 その夜は牟田さんと他の人事の方々が私たちを夕食に誘って下さったので、お言葉に甘えてご相伴に預かることになった。 「俺らが見るのは結局こっちに配属されてきてからですから、本社の人事の方の方が信頼関係はまだあるのかな?」 「包括的なようでそうでもないんですね」 「大きい会社ですからある程度仕方ない部分もあるとは思いますけど、まあねえ」 「こっちの支社でも新卒育成と中途採用と非正規採用の全部を一手に皆さんで担ってるんですか?」 「そうですね、新卒採用がないのと採用数自体が少ないのが本社との違いかな」 良くも悪くも、担当者ひとりひとりの業務量が膨大で、細部まで行き届いていないことがこの会話だけでもよくわかる。 私と加瀬くんは顔を見合わせて「また明日話そう」と目だけで会話すると、お互いに牟田さんたちのグラスにお酒を注いだ。
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