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あなたの喪主にならせてね
わたくし、白桐イチカは戀をしております。
お相手は小鳥遊貴子さんといいます。わたくしと同い年で、同じ女学校に通っております。
いつもお母様譲りのきれいな黒髪をおさげに結っておいでです。
とてもお可愛らしい方なのに、わたくしがそう申しますと、怒ったようなお顔をなさいます。わたくしは、その真っ赤に染まった頬が大好きです。思わず両の手で持ち上げて、穴があくまで見つめ呆けたくなるほどです。
貴子さんの黒髪を、わたくしの手で結い直して差し上げたくなります。
活動的でいらっしゃる貴子さんのスカァトの裾を、わたくしの手で払って差し上げたくなります。
可愛いと言われて損ねた貴子さんのご機嫌を、どうにか直してやるのが愉快でならないのです。
わたくしは、精一杯、貴子さんに謝ります。
頭を下げます。
わたくしを置いて、ひとりで廊下を歩いて行ってしまう貴子さんを一生懸命に追いかけます。
セーラー服の襟からちょっぴり顔を出している、紅いスカーフに追い縋りたくなってしまいます。
ねえパーラーにご一緒しませんこと? とお誘いします。
それでもだめなら、本を貸して差し上げます。
ねえ、貴子さん。わたくしのお父様が新しい本を手に入れてよ。図書館にも置いてない、舶来の御本ですのよ。
貴子さんはぴたりと足を止めて、わたくしが息を切らしながら追い付くのを待ってくださいます。
わたくしには分かっています。
貴子さんのお顔を拝見すれば、すべて分かってしまいます。あなたが御本読みたさに、わざと怒って見せたのではないこと。
そんなときの貴子さんの瞳は、満点の星空のように煌めいていらっしゃいます。わたくしの失言を許さないか、それとも御本への好奇心に負けてしまうか、そういう葛藤が手に取るように分かるのです。
ほんとうに、なんてお可愛らしい方なんでしょう。
わたくしは、どきどき、どきどきいたします。
身体の芯に熱が入るよう。
こんなに嬉しく、心躍ることがあるでしょうか。
今、貴子さんの心には、わたくししかいないのです。わたくしの独り占めなのです。
どきどき、どきどきいたします。
どうぞこの瞬間が永遠に続けば、と思わずにはいられないのです。
──戀とは廉潔でなければ。
そんなお言葉を、少女画報で読んだことがございます。その時はわたくしも大きく頷いたものです。
嘘でございました。
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