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 施術の時間が終わり会計を済ませる。婦人は揉まれた肩を揉みながら店から出ていった。レジ前のクーポン券が目に入る。ため息をつきながら使用済みのクーポンを専用の箱に入れ、施術していた椅子に向かう。かけていた毛布を片付け、椅子を拭いているとその横を別のお客さんと先輩が通った。 「今日もおかげですっきりしたわ。いつもありがとうね、しばらくしたらまた来るわ」 「こちらこそ、いつもご来店いただきありがとうございます」  お客様は当然、先輩も晴れやかな笑顔を見せる。そんな彼女が羨ましかった。どうしたらあんな風に仕事できるようになるんだろうか。目をこすりながら、椅子の周囲を片付けていると先輩が戻ってくる。 「今日一人で閉めてもらうことになるけど、お店任せちゃって大丈夫?」  そういえば、彼氏さんとデートって言ってたっけ。 「大丈夫ですよ。この時間から閉店までお客さんが来ること滅多にないですから」  私は笑顔で送り出す。先に上がられるけど不思議と嫌な感じはしない。まぁ、先輩は頑張ってるし。身支度を整え、髪をほどいた先輩が振り返る。 「何があるか分からないから気をつけてね。困ったら気軽に連絡してくれて構わないから」  手を振り、店を出て行った。自分も頑張らないとな。両頬を叩き、片付けを再開した。カーテンをきちんと留め直し、枕やクッションを裏から出してくる。  いつ来ても大丈夫なようにしなくちゃ。自分の頭くらいまでいくつも抱えながら、ベッドや椅子に置いていく。次の椅子に置くために真ん中に刺さったクッションを強引に引き抜こうとした。しかし、上に乗っかっている枕もずれて、完全に抜けたときには枕が全部転がっていく。慌てて拾いとりあえず近くのベッドに積み上げた。  どうしていつも頑張りたいのに上手くいかないんだろう。気分が下がり項垂れていると、そのまま椅子に座ってしまう。改めてマッサージチェアのように絶妙な角度で傾いており、思わずもたれ掛かってしまう。 「お客さんの視点って、こんな感じなんだ、な」  急に瞼が重くなり、店内に流れている音楽が遠くなっていった。
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