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「あの、お金は大丈夫でしょうか?」  思わず問いかけると、ナナミさんは懐に忍ばせていた紙切れを取り出す。それは一万円札だった。実は木の葉だったりして、と照明にすかしてみるが、確かに中央には人物が出てくるしホログラムもついている。本物だ。 「どうでしょうか?」  ナナミさんの顔が曇った気がした。お金を持っている方にこんな対応は失礼か。 「申し訳ありません、お客様。それではご案内いたします」  手で進行方向を指すと、ナナミさんは器用に2本足で入っていった。身体の部分も服のように綺麗に分かれている。まるでタキシードを着ているようだ。ナナミさんはベッドに上がると、仰向けになった。 「体勢苦しくないですか?」 「はい、大丈夫です」  応答するようにバンザイしている前足が動いた。しかし、自分からすると、苦しそうにも見える。 「辛かったら、おっしゃってくださいね」  私は親指と人差し指を使い、頭のマッサージを開始した。人間とは違い、柔らかい毛に覆われており、マッサージをすればその方向に毛が流れる。これだと撫でているような状態だった。 「あの、気持ちいいですか?」 「気持ちいいですよ、もちろん」  落ち着いた声で返すナナミさんだが、顔はマッサージでぐにぐにと歪む。頭に手を這わせると、それに合わせて耳が動いた。首や肩も揉んでいけば、気持ちよさそうに唸り、目を細める。その表情にこちらも自然と笑みが零れた。 「今度はうつ伏せになってください」  ナナミさんに言うと、転がるように背中を向けた。肩から背中にかけて包みながら、ツボを押していく。うっとりとしていく顔に、私もつい頬を緩めてしまう。 「いや、ホントに疲れが取れます。いつも上ばかり見るし、色んな方の相手をしなければならないので」 「そうなんですね。失礼ですがお仕事は?」 「お仕事というか普段はカフェにいます。料理を作ったりはしないんですけどね」  カフェ・・・・・・猫カフェか。 「よくマイペースとか気ままだなんて言われるんですけど、私たちも意外と大変なんですよ」  確かに不特定多数の人が出入りしたり触られたりするのは疲れるだろうなぁ。 「それはカフェのお客さんも同じです。みんな忙しいんだから、みんな休んで良いと思うんです。でも、お客さんは『自分は休めるほど、頑張ってない』って」  その言葉に空回りしていた自分を思い出す。疲労が溜まっていると身体では分かっていたのに、頑張っていないような気がしていた。先輩も遊びに行ってたし、自分もいいのかな。 「ナナミさん、ありがとう」  思わず呟いてしまう。しかし、ナナミさんは目を細め、微笑みを浮かべながら熟睡していた。
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