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嫉妬地獄
私の彼、圭ちゃんは高校教師だ。
しかも、私の副担任。
校門10メートル手前でコケたあと、圭ちゃんにお姫さま抱っこをされて登校した私を、クラスメイトが教室の窓から見ていて、ギャーギャー大騒ぎしているのが聞こえてきた。
ほら、言わんこっちゃない…。
圭ちゃんは、そんな事もお構いなしに、私をお姫さま抱っこしたまま、悠然と歩いていく。
「圭ちゃん。ヤバいって。みんながギャーギャー言ってるよ。もう降ろして。」
小声で言うと
「だから、結城先生でしょ。」
コラっというように、眉間にシワを寄せる。
ちょっと!!そこじゃない!!
「そうじゃ…」
そうじゃなくてと言おうとしたら
「降ろさないよ。さっきも言ったけど、血、ドクドクだからね。こんな痛々しい雫を降ろせるわけないでしょ。大丈夫。みんなの事は、俺に任せて。雫は、安心して保健室で手当てをして貰って来て。」
そう言って、軽くウィンクする。
もうっ!!ドキドキするからやめて!!
それに、誰か見てたらどうするの!
それに、それに、また、雫って言ってるしっ!
色々な意味でドキドキして、顔も赤くなったり青くなったり、とても長く感じたけど、実際は数分で保健室についた。
「え〜っ!!結城先生?葉月さん?どうしたの?」
私をお姫さま抱っこして登場した圭ちゃんを見て、保健室の先生が慌てて駆け寄ってくる。
「先生。葉月さん、校門の前でコケちゃったんですよ。激しく。で、この傷。膝、エグいでしょ。」
保健室の先生の同情を引くように、そして、お姫さま抱っこが当然とでも思わせるような、そんな言い方だった。
「あらあら、あらあら。」
と言って、保健室の先生が私の膝を見る。
「あら、ホント。これは痛そう。」
「でしょ。もう、僕、オロオロしちゃって。」
少し困ったような顔を保健室の先生に見せる。
その顔に、保健室の先生は、一瞬、釘付けになり、ハッとして咳払いを一つして、
「結城先生、そこの椅子に葉月さんを降ろして。」
と言った。
その言葉に、圭ちゃんは、
「はーい。」
と言って、ニッコリ笑った。キラースマイル。
ちなみに、圭ちゃんは、学校では"僕"を使っている。圭ちゃん本人曰く、この"僕"が年上の女性教師にはたまらないらしい。
そんな事、聞いてないしっ!聞きたくないしっ!
圭ちゃんは、保健室の先生が指さした椅子に私を下ろし、私にしか見えないようにウィンクをした。
圭ちゃんのウィンクは魅力的だったけど、保健室の先生に、見せた笑顔に、やりとりに、嫉妬して、泣きたい気分の私は、うまく笑う事ができなかった。
保健室の先生は、圭ちゃんが出て行くと、私の怪我の手当てをしながら、
「結城先生、カッコいいよね。葉月さん、ラッキーだったわね。私も、結城先生の前で転んでみようかなぁ。なんてね。」
と、テンション高く、一人で喋っていた。
私は、大きなため息一つ。
手当てが終わり、どんよりとした気分のまま、教室に向かうと、そこには圭ちゃんがいた。
そうか。今日、担任いないんだった。
みんなが今朝の事で、ギャーギャー言っていた。
そんな中、圭ちゃんは特に動じることもなく、
「だって、血、ドクドクだよ?それを放っておく男ってどう?みんなも、そんな男、嫌でしょ?」
「でも、お姫さま抱っこはないっ!」
と、一人の女子が言う。
「えーっ!そうなの?みんな、お姫さま抱っこして欲しいでしょ?」
そう言って、ニッコリする。出た!キラースマイル。
女子が一気にヒートアップする。
"うんうん"と頷く女子、"無理無理"と顔の前で手をヒラヒラする女子、ちょっと呆れ顔の女子、でも、みんな楽しそう。
「男子!!お姫さま抱っこすごくない?賛否両論だけど、この破壊力は、半端ないぞ!いざという時のために鍛えとけよ〜。」
と、男子に向かってもキラースマイル。
「恥ずい、恥ずい。」
と男子も笑う。男子にもキラースマイルが通用するのが圭ちゃんのすごいところ。
「はーい。じゃあ、お姫さま抱っこ未経験の人は、いつか経験してみてくださいね。」
なんだそれ〜と、みんなが笑った。
私は、その雰囲気に圧倒され、しばらく、教室に入る事が出来なかった。
圭ちゃんが教室から出て行ってから教室に入った。
予想はしていたけれど。
教室に入ると、女子に囲まれた。
そこには、羨望と嫉妬の感情が渦巻いていた。
圭ちゃんは、人を一瞬で魅了する。
保健室の先生は、圭ちゃんのキラースマイルで、圭ちゃんの行動、つまり、お姫さま抱っこが正当なものだったと言う認識になっているはずだ。
クラスメイト達も同じだ。
そもそも、コケただけで、意識もしっかりしている私を、若い男性教師がお姫さま抱っこはやり過ぎだ。
でも、このやり過ぎの行動を、一瞬にして、あの笑顔が正当化してしまう。
圭ちゃんが、私以外の女性に笑顔を向けるのも、笑顔を向けられた女性がうっとりするのを見るのも、本当に本当に嫌だった。
圭ちゃんの笑顔に、その女性達に対する特別な感情がない事は分かっている。
今は、その笑顔が、私を、私たちの関係を守るためのものだともわかってる。
でも、圭ちゃんが他の女性に笑顔を向けることは、どんな場面でも本当に嫌だ。
私以外に笑顔を向けず、生きて行く事なんて出来ないけど、それを目の前で見たくない。
少なくとも、今の環境は、私にとって過酷過ぎる。
圭ちゃんの赴任が決まった時は、ずっと一緒にいられると思って、不安もあったけど、実は少し浮かれていた。
でも、実際には…。
嫉妬地獄。
今、6月。
まだ3ヶ月しか経っていない。
卒業まで、あと9ヶ月もある。
この地獄は、まだ9ヶ月も続く。
私、大丈夫かな。
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