第一試合 部活動vs自分

8/13
前へ
/82ページ
次へ
「昼間はごめんね。間に合った?」  青年は眉をさげ、澄んだ瞳で問う。 「いや、私が悪いので……だ、大丈夫でした……」  私は大袈裟に手を振る。  全力で否定したからか、青年は表情を崩して柔らかく笑った。 「そっか。ならよかった。ちょっと心配だったからさ」 「いや、そんな……」  恥ずかしくなって顔を下げた瞬間、目を見開いた。  青年も私の視線を辿り、自身の手元を見る。 「あぁ、これ。家帰るまで持たないからさ」  青年の持つトレーには、ハンバーガーが三つ、ナゲットの箱がひとつ乗っていた。  口ぶりから家でも夕食を食べるのだとはわかるが、それにしても量が多い。 「た、たくさん食べるんですね……」 「練習後には腹が減るもんだろ」  青年は無邪気な顔で笑う。 「おい速水、何、後輩に手出してんだよ」  どこからか届いた声に顔を上げると、奥の席に野球部仲間であろう数人が、こちらを見てニヤニヤ笑っていた。 「そんなんじゃないから」  青年は軽く否定をする。  彼らから明かされた青年の名前に、私は思考が停止していた。  「速水……?」 「え?」  私の呟きに、速水と呼ばれた目前の青年は反応する。  だがその瞬間、奥の席に座っていた先輩たちと目が合った。  全身の血の気が引き、頭が真っ白になる。 「おっ……お疲れ様です!」  私は定められた角度でお辞儀をすると、考えるよりも先に店を飛び出した。  駅へと真っ直ぐ向かうが、いまだ心臓がバクバクなっている。  様々な感情が降り混じり、何から処理すべきか混乱していた。 「速水って…………もしかして、キャプテン?」  速水瞬(ハヤミ シュン)。紫野学園高校に入学してすぐに野球部を調べた際、主将の欄で確認した名前だ。  運動部らしい爽やかな響きからも印象的だった為、脳内に刻まれていたのだ。   「キャプテン……キャプテンかぁ…………」  赤く染まった頬に手を当てる。  憧れていた野球部の、それも主将とこんな形で話せるとは思わなかった。    やはり私は依都とは違い、夢見がちなのだろう。  今日はついていないことが多かったものの、そんな疲労がすっかり飛んでいた。 ***
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加