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「翔吏?」
公園内で翔吏がバットを振っていた。
ラフなTシャツにジャージ姿で、真剣な顔で何度もフォームを確認している。
まだ部活動が終了して三十分も経っていないにも関わらず、休むことなく個人練習をしているのだろうか。
「橘?」
私に気づいた翔吏は、Tシャツで汗を拭いながらこちらを見る。
「あ、ごめん、ちょっとびっくりして……部活終わった後なのに、早いね」
「そこ、俺の家」
そう言って翔吏はバットで近くの家を指す。
「というかおまえ、電車だろ。何でこんなところに」
「や、ちょっと、散歩というか……」
「へっ、呑気なもんじゃねーか」
吐き捨てられた彼の言葉にムッとする。
「…………少しくらい良いじゃない。休憩することも大事でしょ」
「そんな余裕、欲しいもんだね」翔吏は皮肉めいて口にする。
余裕なんてあるわけない。だが、そうともとれる言葉を言ったことは事実だ。
「やっぱり、野球部も厳しいものなの?」私は恐る恐る問いかける。
「当然だろ」
翔吏はバットを確認すると、再び構える。
「ただでさえ俺にはブランクがあるんだ。休む暇なんて、あるわけない」
ブンッと空を切る音が鳴る。遅れてまとまった風と青い新緑の香りが届いた。
ひたむきに上を目指す彼の向上心に、私は圧倒されていた。
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