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「速水さん?」
思わず足が止まる。
高架下には、一心にバットを振る速水さんの姿があった。
スポーツブランドのTシャツにジャージ姿で、頭にはタオルを巻いている。
大きな身体でスイングするその姿は豪快だった。
茫然と視線を送っていたことで、速水さんも私に気が付く。
寝間着同然のジャージ姿であることで恥ずかしくなり、私は露骨に顔を逸らしてしまった。
「ははっ、身体はでかいしスゲー食うけど、悪い奴じゃないよ」
速水さんは抱えていたバットを下ろして爽やかに笑う。
私は慌てて手を振る。
「やっ、まさか地元にいらっしゃるとは思わなくて……そそそんなんじゃないです」
「あ、君もここが地元なんだ」
「君も?」
「俺もここが地元なんだ」
ちなみに家はそこ、と速水さんは後ろを指差す。馴染みの道に位置しているだけ目を見開く。
「ま、毎朝通ってます!」
「そうなの? じゃあさ、雪村病院前の桜の木も知ってる?」
「一本だけ満開になるやつ!」
「そうそう。じゃ、このパン屋はわかる?」
そう言って速水さんは、近くに置いてある紙袋を指差す。
「モモヤマベーカリーだ」
「正解。生粋の地元民だ」
速水さんは満足気に笑うと、腕を下ろした。
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