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「野球の試合なんて、だいたい二時間ぐらいあるでしょ。約二時間もの炎天下の中、演奏することを考えたら、体力は必要だとわかるはず。陽葵は当時、クーラーの効いた部屋の中で、テレビで見ていたから気付かなかったのかもしれないけど」
「依都は現実的だよね」
図星であることから、苦し紛れの皮肉を言う。
「現実を理解するのは大事だよ」
依都はキューティクルの輝く髪をさらりとなびかせながら返答する。
彼女は論理的思考であり、現状を冷静に分析する為、正論ばかりを口にする。
私の夢見がちな性格からも、彼女のような人が傍にいるだけ抑止力にはなるものだ。
だが、理屈と感情は別ものだ。
毎日ぼやいていることで呆れているのかもしれないが、少しくらい同情の色を見せてくれても良いではないか。
「ま、でも、果敢に挑む陽葵の勇気はすごいと思うよ」
「馬鹿にしているでしょ」
取ってつけたかのような言葉にふてくされる。
「いいや、褒めてる」
依都は表情を変えずに答える。
「この学校の部活に入る人なんて、本気の人ばかりだし。目に見えてわかるレベルの差に愕然とするから、私だったら絶対にできない」
キーンコーンカーンコーンと授業開始五分前のベルが鳴る。
それと同時に教室ドアが開かれ、スポーツバックの所持した球児たちがぞろぞろ入ってきた。
もう入学して一ヶ月経つにも関わらず、いまだその姿を見ると胸が高鳴るものだ。
彼らの内の一人が、こちらの席まで歩く。
綺麗に剃られた坊主頭に、アンダーシャツから覗く焼けた肌も、まさにあの時テレビで見た球児そのものだ。
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