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解散の宣言がされると同時に、勢いよく教室を飛び出した。
「廊下は走ってはいけません」とは言われるが、部活動で散々走っているのだから滑らないコツは掴んでいるつもりだった。
同じパートの先輩には、時間割が把握されている。少しでも遅れるものなら、後に呼び出されて説教を受けるのだ。
うちの部活動は、練習が厳しいだけでなく、上下関係もかなり厳しい。
遅刻は分刻みで減点され、挨拶やお辞儀の角度、声量や言葉遣い、スカート丈や髪色など、チェック項目は多数設けられている。先輩と廊下ですれ違った際に挨拶をしないようものなら、どんな仕打ちが返ってくるかは想像するだけ恐ろしいものだ。もはや許可されていることを見つける方が難しいのかもしれない。
とにかく先輩の前では、一切、気の緩みを出すことができなかった。
普段は授業終了のベルと共に部室まで向かっていたが、今日は少しだけホームルームが長引いてしまった。
特に今日は準備の当番であることから、クラスメイトの同期たちよりも早く部室に辿り着く必要があったのだ。
一心不乱に部室を目指していたことから、曲がり角で身体に衝撃を受ける。
「どわっ!」
走っていた反動からも私はダイナミックに転ぶ。腕から抜けた鞄がフローリングの床を滑った。
「ご、ごめん! 大丈夫!?」
はっとして顔を上げると、目前に青年が立っていた。大柄な体格で、まるで熊に見下ろされている感覚になり、反射的に身構える。
「ご、ごごごめんなさい……」
恐らくこの青年とぶつかってしまったのだが、彼は一切打撃を受けていない。
慌てて身体を起こしてホコリを払うと、何度もお辞儀をした。
「ケガがなかったなら、よかった」
青年は柔らかく笑う。大きな体躯とは対照的な、少年のような眩しい笑顔に身体がかぁっと熱を帯びた。
再び辞儀をして投げ出された鞄の元まで向かうが、せっけんの制汗スプレーの香りが漂い、振り返る。
先ほどは気が回らなかったが、職員室に入る大柄な青年は、短髪にアンダーシャツの覗く恰好をしている。
その姿は、まさに「球児」だと示していた。
まさかの偶然に、私の身体はさらに熱くなる。
「って、舞い上がってる場合じゃない……」
悲しく投げ出されている鞄を拾うと、再び部室を目指して走り始めた。
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