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「よい…っしょ」
職員室から音楽室までは少し距離がある。途中の廊下でずり落ちてきた荷物を抱え直した。
既に生徒達は部活動をしているか、帰宅しているかのどちらかのようでほとんど誰ともすれ違うことなく目的の音楽室までたどり着いた。片腕に一瞬だけ力を入れて箱を抱え、もう一方の手で素早くドアノブを回し扉を開ける。
「…っと、ここでいいかな」
しんと静まり返った室内に自分の声だけが響く。楽器や教材が並べられている棚の真ん中の下辺り。空いているスペースに持っていた箱を置いた。
身軽になった体でいつも音楽の授業を受けている教室内をぐるりと見渡す。勉強は嫌いな私だけど、音楽の授業の時間だけはいつも楽しみでわくわくしている。
その時、ふっと視界の端に映ったものに視線を向けた。
楽器棚の一番端に立てかけられているギターだった。
私は引き寄せられるように目の前まで行って、数本あるギターを眺めた。そしてその中のひとつに視線が留まる。
「…弦、緩めてない」
呟いたのが先か、手を伸ばしたのが先か。言い終わらないうちに私はその一本のギターを持ち上げていた。
ギターはチューニング(調律)をする際、ヘッド部分にあるペグと呼ばれる糸巻きを回して弦をピンと張った状態にして音を合わせる。そして使い終わった後は、また弦を緩める。そのままにしておくと、ネック(棹)の部分が張力により反ってしまうからだ。
だけど、私が今手にしているギターの弦はピンと張られたまま。きっと誰かが授業で使った後、緩めるのを忘れてしまったのだろう。
…少しだけなら、いいかな。
張りつめた弦を緩めようと手にしたギターだったけれど、この瞬間、私の中に出来心というか欲みたいなものが生まれてしまって。
ギターを片手に、肩に掛けていた鞄を近くの机の上に置き椅子を引っ張り出してきた。
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