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はじまり
「お邪魔しまーす…」
扉に吊るされているベルをカランカランと鳴らして、私はあるお店に足を踏み入れた。
まだ営業時間前のためか、店内は少し薄暗くて静かだった。外よりも随分と涼しい店内の空気が心地いい。
「お、美空ちゃんか。いらっしゃい」
「夕太郎おじさん!こんにちは」
恐る恐る足を進めていると、調理場の奥からひょっこりと顔を覗かせた人が私の名前を呼んでくれた。
夕太郎おじさんは私のお父さんの友達で、小さい頃からとてもお世話になっている人。そして、私が通っているこのライブカフェTempo Rubatoのオーナーさんだ。
「今日も弾いていく?この後二十時からおじさんバンドのライブがあるから、それまでなら自由に使ってくれていいよ」
「弾きたい!ありがとう!」
厨房で作業中だったのか、手を拭きながらおじさんは私のいる観客スペースまで歩いて来てくれた。それから私の返事を聞くと、ボタンをパチリと鳴らしてステージの照明を点けてくれた。
「マイクはどうする?」
「あ、(電源を)入れなくて大丈夫。前に置いとくだけしてもいい?」
「もちろん。ちょっと暑いから空調入れておくね」
「ありがとう」
空調のリモコンを操作する夕太郎おじさんにお礼を言ってから、近くにある客席の椅子の上に鞄を置かせてもらった。
それからお店の一番端にある棚まで歩いて行き、いろいろな楽器が置かれている中迷うことなくある一本のギターを手に取る。
夕太郎おじさんが昔使っていたアコースティックギター。今は使っていないから自由に使ってくれていいよ、というおじさんの厚意に甘えて貸してもらっている。中学生の頃、お小遣いで買った白地に黒の星柄のギターストラップ(ギターを肩に掛けて演奏するためのもの)が付いたこのギターは、すっかり私専用となっていた。
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