1章 1話

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1章 1話

 商店街を一人の少女が長い茶髪を揺らして歩いていた。誰もが彼女の美しさに目を奪われる。声を掛けられるたびに笑顔で挨拶を交わしながら、少女は軽い足取りで商店街の出口へと向かった。  前方に現れた二人をその金瞳で捉えると、彼女は一際綺麗な笑顔を浮かべた。そして、走り出す。 「タシャ!リュセ!」 二人は振り返る。少女は鞄を投げ出してタシャに飛びついた。リュセは鞄をキャッチする。 「シナータ!どうしていつも俺じゃなくタシャに飛びつくんだ!」 リュセは不満げに口を膨らませた。シナータはタシャの褐色の腕の中からリュセの透き通る金の髪を撫でた。 「あんたに飛びついたら、ひっくり返っちゃって危ないじゃない」 「そんなことない、俺は今鍛えてるんだから。こう見えて筋肉だって」 「はいはい」 「聞けよ!」 リュセの背はシナータよりは高いが、小柄だ。対してタシャの背は同い年の中では一番高い。 「シナータは買い物?」 タシャの質問に元気よく頷く。 「今日はおばさんにお料理を見てもらうの。二人にも夜にごちそうするから楽しみにしていて」 「えー、シナータが?今日は沢山お菓子を買っておこうぜ、タシャ」 「こら、食べる気ないじゃない!」 リュセの軽口に今度はシナータが口を尖らせる。  タシャは両親を亡くしており身寄りがないため、リュセの家で過ごしている。一方シナータも両親を亡くして祖父と二人暮らしであるため、リュセの家に頼ることが多い。必然的に、共に行動することが多い三人は、この街の看板的な存在だ。 「二人は学校の帰りよね」 頷くのを見て、シナータは笑顔になった。 「じゃあ、あそこに行きましょうよ!」 タシャも笑みを浮かべた。 「いいね、久しぶりに行こう」 リュセも笑う。 「…いいね!行こう行こう」 「リュセあんた本当は嫌なんでしょ」 リュセの笑顔が引きつった。 「そんなこと…」 「そんなこと?」 「…」 金髪の少年の大きな瞳が瞼で半分隠される。不貞腐れている。タシャとシナータは目を合わせて吹き出した。 「あんたまだ怖がってるの?もう十五歳でしょ」 「うるさいなぁ、怖いわけないだろ!早く行こうぜ!」 鼻息荒く進み出したリュセを先頭に、三人はへと歩き始めた。 「なぁ、中央なんてやっぱり止めとこうぜ…」 巨大な森を前にして、リュセはシナータの後ろに身を隠した。中央とは、島の中心にある森の隠語である。 「全く、情けないわね。やっぱり怖がってるじゃない」 リュセは、うっせー、と言いつつもより大きなタシャのほうに隠れる。 「ここって魔女がいるんだろ…」 「いるわけないでしょ」 「でも皆そう言ってるぜ」 「いたとして何なのよ。もし会ったら私にも魔法を使えるようにしてって頼むだけよ」 「シナータ、危ないものに近づくなよ」 タシャの心配そうな顔に、シナータは大丈夫、と答える。 「魔女なんているもんですか」  少女は、草をかき分け森の奥へとどんどん進む。後ろの二人には構わずどんどん突き進むが、リュセの嘆き声があまりに遠くなったため振り返った。タシャもリュセも大分遠くにいる。タシャはナイフで木に目印をつけているようだが、リュセのほうは彼の後ろに隠れているだけだ。 「お、そ、い」 一字一字区切って叫ぶと、タシャが肩をすくめてナイフをしまい、走ってくる。後を追うリュセが木の幹に躓いて転ぶのを見て、シナータは涙を流して笑った。立ち上がらないリュセを見かねたタシャが、手を差し伸ばしに行く。 「シナータ!」 リュセが名前を呼ぶ声が聞こえた。 「何よ、早く来なさい」 「いいから、シナータもこっち来なよ」 「タシャまで何よ。私は早く先に行きたいのに」 彼女はぶつくさ言いながらも二人のほうへ歩いた。彼らは地面に這いつくばって何かを眺めていた。 「どうしたの」 シナータも覗き込む。そこには小さな花が三輪咲いていた。彼女はうわあ、と金瞳を輝かせた。その花は見たことのないほど鮮やかな青で、とても美しかった。七枚の花弁はおろか、茎も葉も全て青いのである。 「なあに、これ。初めて見たわ」 「俺も。今まで読んだ植物の本にもこんな花書かれていなかった。きっと新種だ」 「読書家のタシャが言うんだから間違いねえな」 三人は頬を寄せて花を見つめる。 「これ、どうしようかしら」 シナータは一輪だけ花を摘んだ。こうしよう、とリュセがシナータの長い髪に挿す。右耳の脇に挿した花は、シナータをより美しく魅せた。 「そういうことじゃないのよ」 「おお、綺麗じゃん」 「聞いてるの、リュセ」 シナータはリュセの頭をげんこつで殴る。 「新種だから、偉い人に持って行ったりするのよね」 「まあ、そうなるだろうな」 タシャは頷く。シナータは髪に挿された花をそっと触った。 「これ、三人だけの秘密にしたいな…」 リュセはおいおい、とかぶりを振った。 「お前、馬鹿か。これを発表とかすれば金になんじゃねえの」 「でも、この花はとっても神秘的だから、あんまりそういう風にしたくないなって思ったの。新聞に取り上げられて、大々的に有名になっちゃったらなんだか寂しいわ。これは、知る人ぞ知る不思議な花であるべきよ」 シナータは大きな金の瞳に二人を映しこんだ。 「ね、三人の秘密にしよう?」 タシャとリュセは目を合わせる。 「そうだね」 先に微笑んだのはタシャだ。目を細めて、優しく笑いかけてくれる。 「まあ、今は小遣い欲しいわけでもないからな…。それに中央に入ったことがばれれば怒られる。お前こそ誰にも言うなよ」 リュセは指でシナータの額を弾いた。 「うん…、ありがとう」  シナータは二人に花のような笑顔を向けた。金の瞳が木漏れ日でキラリと輝く。彼らはこの笑顔が好きだった。
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