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2話
ある小さな島に、一人の少年がいた。うなじに伸びた黒髪は無頓着なのかあちこちにはねているが、褐色の肌に映える緑の瞳は知的に輝き、様々な人を魅了する。一度その切れ長の目に優しく微笑みかけられれば、誰もが彼の虜になってしまうのだという…。
今日十六歳になったばかりの少年は、学校の廊下で一人呆けていた。図書館の帰りに通るこの一階の廊下からは、晴天の下で運動に勤しむ生徒たちの姿が見える。その輪の一人には、同じく今日十六回目の誕生日を迎えた少年がいた。太陽に透ける金髪が、友人たちによってもみくちゃにされている。しかし、髪質のせいか、髪に癖がつくことはない。
「タシャ!」
少年は自分の名前が呼ばれたのと同時に、背中に大きな衝撃を感じた。振り返ると、一人の美少女がいる。
「…シナータ、学校来たんだ」
少女も同じく今日十六歳になった。
「なにかあったのか?」
彼女は首を振った。
「ただ、誕生日だし皆に祝ってもらえるかなと思って来ただけよ。それに、いつまでも学校休んでちゃ、本当に勉強が追い付かなくなっちゃう」
「…そうか」
シナータは現在、祖父と二人暮らしである。十四歳の頃に両親が亡くなってからは二人で協力して家計を切り盛りしており、学校に来ることはなかった。そんな彼女が来たということは、それなりの事情があるのだとタシャは察した。
窓から風が吹き込み、二人の髪を揺らす。タシャは外へ向き直った。戯れる少年の爽やかに靡く金髪が目に映り、彼は口元を緩ませる。
「タシャって、リュセのことが好きなのね」
時が止まった。ように感じた。
彼は唾を飲んだ。はにかむ。自分でもぎこちないような気がした。
「…そりゃ好きだけど、シナータも好きだろ?」
「ええ、でもタシャと違って恋はしていないわ」
ドクン。心臓が波打った。
シナータの真っすぐな金の瞳に捉えられて、思考が止まる。
タシャのはにかんで細めた目は見開かれ、口角はゆっくりと下がった。そして、シナータから目をそらそうと、宙をさまよう。しかし、リュセを探すこともできない。彼は自分の手に目を遣ると、諦めたように一つ溜息を吐いた。
「…俺って、分かりやすい?」
「いいえ。ずっと見てきた私だから分かったの」
「ずっと…、か。じゃあリュセも知っていると思うか?」
「ないわ。リュセは本当に何も考えていないから」
良かった、と、タシャは窓に置いた腕に顔を埋めた。髪の間から見えた耳とうなじが真っ赤なことにシナータは気づいた。しかし、口には出さない。
「シナータ」
彼は伏せたままだが顔を少しだけシナータが見えるように傾けた。シナータには、優しい右目が見える。頬は少し赤かった。
「二人だけの秘密だからな。誰にも言うなよ」
風が吹いた。否、シナータにはそう感じられたが、実際には風はない。彼女は二つに束ねていた長い髪を両手で握りしめた。
「…分かったわ」
タシャが優しく微笑んだ。
「いつから気づいてた?」
「多分、最初からよ。半年前、中央に行って青い花を見つけたとき」
「正解」
タシャは参ったな、と頭を掻いた。
「どうして気づいたんだよ」
彼の質問に、シナータの頭にはあの日の光景が蘇った。
突然、シナータの視界が、リュセの顔でいっぱいになる。近い。彼が離れると、シナータの髪には青い花が現れた。
「おお、綺麗じゃん」
リュセの顔が綻ぶ。シナータは自分の話を聞いていない彼をげんこつで殴りつけた。リュセは転げまわって大げさに痛がっている。
ふと隣を見ると、タシャはシナータを見つめていた。彼女は顔が上気するのを感じる。しかし、すぐに間違いに気づいた。彼が見ているのは、シナータの右耳にかけられた、青い花だった。苦しそうな表情。
瞬間。彼の顔が真っ赤に染まる。タシャは目を見開いて大きな右手で顔を覆った。戸惑っているようだった。シナータは冷静沈着なタシャのそんな姿を見るのは初めてだった。きっと彼をそうさせるのは私じゃない。胸に痛みを覚える。
苦しい…
そう思った途端、シナータは気づいた。耳に熱が集中していくのを感じた。
ああ、同じだ。今の私はタシャと同じだ。そうか、これは…
言えない。シナータは思った。この質問には答えられない、と。
「秘密よ」
「秘密?」
「ええ」
タシャは不思議そうな表情をした。
「ね、タシャ…」
告白はしないの?シナータはそう聞こうと思った。しかし、止める。答えは知っているからだ。
「…やっぱり何でもないわ」
シナータの胸に、またあの痛みが広がった。
睫毛を伏せる。
「はは」
タシャが笑い出した。シナータは思いもしない反応に驚いて目をぱちくりする。
「何よ」
「いや、さっきからシナータらしくないなって」
「私らしく?」
「ああ。お前は三人の中で一番男らしい性格しているのに、今日は奥ゆかしい女の子みたいだ」
「あら、いつも通りじゃない」
シナータはタシャの端正な笑顔をつねる。タシャは体を折り曲げているが、シナータの踵は精いっぱいに高くあげられている。いつの間にか広がる身長差。シナータの胸は痛みを忘れて高鳴り始めた。
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