2話

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 「何の話?」 突然リュセの顔が窓から覗いた。シナータは驚いて大きく後退る。その反応を見て腹を抱えて笑いつぶれるリュセを彼女はげんこつで殴りつけた。 シナータをなだめつつ、タシャはリュセに笑顔を向ける。 「…リュセ、トゥルーシュ(玉蹴り)はもう終わったのか?」 「今は休憩。お前らが俺抜きで物足りなそうだったから顔出してやったんだよ。嬉しいだろ」 「随分幸せな脳内なのね」 シナータの反撃は続く。 「ふん、仲間外れで寂しかったって、正直に言いなさいよ」 「…」 リュセは青い瞳を瞼で半分隠した。何も言えないときの癖だ。 「リュセ、貴方こう見るとやっぱり大きくなったのね」 窓に体をくぐらせて廊下へ入ってくるリュセにシナータは呟いた。以前は軽々と抜けていたのに、今は体を大きく屈ませている。足をついて立ち上がった彼の背は、もうタシャに迫っていた。 「半年でこれだけ伸びるとはな」 タシャも感嘆の声を漏らした。得意げにリュセは鼻の下をこする。 「まだまだ成長期だし、タシャも超してやるからな」 「俺はもう成長止まっちゃったからな」 「ああ。今の俺にはタシャを越すのは簡単すぎるぜ」 リュセがタシャの肩を抱く。二人のピアスが揺れてカチャリとぶつかった。 「もうチビとは言わせねーぞ、シナータ」 「そんな下品な言葉使った覚えはないわ。小柄ね、と言ってきただけよ」 「俺には同じなんだっつの」 「でも、背が高すぎるのも話しにくいし考え物だわ。首が痛くなるし。今のタシャくらいが丁度いいわね」 「…どうも」 シナータに応えつつ、タシャはちらりとリュセに目を遣る。リュセは陽気な表情のまま固まっていた。 それより、とシナータは話を変える。 「二人は学校では遊ばなくなったの?」 「…誘ってもタシャが断るんだよ」 「いや、俺も外に出たい気分の時は一緒に遊ぶが最近は図書館に入り浸っちゃってね」 「タシャは本のほうが好きだものね。ほら、今も」 シナータはタシャが左手に抱えていた本を奪った。 「「共和制と民主制…?」」 リュセとシナータの声が揃う。二人の表情を見て、タシャはポリポリと頬を掻いた。 「いや、そんな難しいものじゃないんだ。近頃、歴史の本をよく読んでいたんだけど、実は書かれていることが本によって結構違うんだ。決まり文句が“一説には”なんだけど、結局何が本当か、答えが知りたくなってきてな。いや、今みたいに実際はなかったかもしれないものをあったと仮定して、その世界を考察していくというこれもとても面白いんだ。けれど、ふと今自分が認識していることも後世には様々な形に伝えられるのかと思ったら、答えの本があるのも面白いんじゃないかと思ってな。例えば、多くの歴史学者が様々な説の考察を重ねたうえで、考古学者によって数百年前の当時の書が掘り出されるんだ。手記でもいいな、現実味が増す。そして、説の答え合わせがされていく。歴史の謎が解かれていく。自分が何も知らずにその未来にいたら、ワクワクすると思わないか。だから、その書を残すためにたくさん勉強して自分で記そうと思って。それで最近はこういう本にはまっているんだ。いや、この島の特殊さがよく分かったよ。この本は二人も読むべきだ」 タシャは、あ、と顔を上げた。 「…俺、つい夢中になっちゃって早口で…」 額に手を置く。リュセとシナータは顔を見合わせた。 「タシャにも、夢があったのね。知らなかったわ」 「ああ、正直将来のこと何も考えていないのかと思ってたぜ。勉強は趣味なのかと」 「いや、趣味ではあるんだけど…」 タシャは顔を背けて右手で覆う。恥ずかしがっている時の仕草だ。  リュセは微笑んだ。そして、タシャのうなじの黒髪に手を埋める。タシャの温もりと見た目に反して柔らかな髪が心地良い。彼はそのままタシャの顔を自分に向けると、額にキスをした。そして、シナータの手を引き彼女の額にもキスをする。 「…貴方何歳までこれをするつもりなの。子供の時は可愛らしいで済むかもしれないけど、私たち今日で十六よ…」 シナータは不機嫌に顔を歪める。しかし、不快そうには映らない。 「死ぬまでだよ。な、タシャ、嬉しいだろ?三人の絆だ」 「…死ぬまでは勘弁」 「噓だろタシャ、この裏切り者ぉ」  “三人の絆” シナータはこの言葉を噛み締めた。そう、私達は三人なのだ。だからこそもある。 シナータはタシャを盗み見た。リュセと笑い合っている。シナータとタシャの視線が交わることはない。  交わるのは、三人の視線だけなのだ。
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