ローマで食べるジェラードの味

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ローマで食べるジェラードの味

 渋谷校職員11名の勤務シフトを見れば、お盆組も田代さんの夏フェス休みも希望が通っていた。  一方、神谷さんは、授業のない日にぽつぽつと飛び石休みしか見当たらない。  シフト表を眺めながら、鬼頭さんが力無く微笑む。 「教育(この)業界はオフシーズンが短いからね。一学期開始したら合格発表までずっと受験生を受け持って、無事に合格して安心するのも束の間、すぐに次年度の生徒。  しっかり休めるのはお正月かな。神谷さんは毎年、湯島天神に担任クラスの医学部志望生の合格祈願に行くんだって」 (休みまで生徒のため!)  身の捧げ方が社畜以上だ。とは言え、チューター歴3ヶ月目の私ですら、休日に「あの子に声かけなきゃ」とか考えている。  (いわん)や、校長をや。 「僕をそんな仕事人間にしないでよ。そんな生徒想いじゃないってば」 「き、聞いてらしたんですか!?」  音も立てず、背後に神谷さんが立っていた。鬼頭さん揃って身を縮める。 「でもまぁ、休日に生徒のこと考えちゃうよね。職業病と言うか、3連休以上は校舎が不安になるね」  重症です、と心の中で突っ込む。しかし、連休出来ないとなると、 「海外行けないですね」 「花田さん、突っ込む所そこ?」 「僕も昔は一週間休みとって、ローマ行ったりしたけどね」 「ロ、ローマですか?!」 「映画好きでね、僕」  ふと、オードリー・ヘップバーン主演の名作を思い出した。  オードリー演じる王女が、こっそり大使館を抜け出してローマの街で新聞記者の青年と出会い、恋に落ちる。ラブストーリーだ。  広場で、アンが食べるアイスクリームが美味しそうなんだよなぁ。 「王妃がジェラード食べるシーン思い出してたでしょ、花田さん」 「……ばれましたか」 「本当に甘い物好きだね」  校舎赴任の初日、『趣味・特技はお菓子』と自己紹介した私は、この渋谷校でおかしなキャラ扱いされている。多分、好意的に。
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