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ぎっしり詰まっているのは、クリームじゃない
シフト制の仕事において、夏休みは取り合いだ。
受験生に休みがないのなら、進路担任のチューターも言うまでもない。
「今年はスウェーデンまで足を伸ばそうと思って。古田さんはどうするの、旦那さんの実家」
「温泉連れて行こうかなって。松田さん、北欧2カ国めですね」
梅雨直前の大学受験予備校X塾渋谷校の職員休憩室は、夏休みの話題で賑やかだ。
入社三ヶ月目のひよっ子チューターの私が、松田チーフと古田さんの弾んだ会話をBGMにお昼していると、
「花田さんはお盆実家帰るの?」
突然松野さんに当てられ、大事に食べていたロールケーキを飲み込んだ。ああ、勿体ない。
「いえ! 特に予定ないので」
「新入社員だからって、夏休み遠慮しなくていいよ?」
さらりと古田さんが付け加える。
……先輩方を差し置いて、休み申請しようなんて思っておりません!
夏は、受験の天王山。
夏の過ごし方で、入試本番を左右すると言っても過言ではない。と言いつつ、予備校・塾なし独学で現役合格受験した私に実感ないけど……。
如何せん、校舎も勝負時。
普段は通っていない学生にも授業開放するため、朝8時から夜21時過ぎまでひっきりなしに受験生が集まってくる。7月3週目から8月末まで、この業界の繁忙期。
夏期講習だ。
朝から夜まで無休営業。1階から7階まで、ロールケーキのクリームのように、校舎のどこを切っても受験生でぎっしりだ。
今日の朝礼で、「夏は正念場」と校長の神谷さんが断言した。
「気が緩んだり、逆にナイーブになる時期だから、骨太に生徒サポートしましょう」
暑くなってきたせいか、スーツがぶかぶかの神谷さんは中年太りと無縁だ。眼鏡の奥でキツネ目を細めながら続けた。
「そのため、職員の夏休みはバラして取ります。夏季休暇は7日分、1週間連続でも、バラバラで取ってもOKです。希望を出して下さい」
穏やかな朝礼は終わると一転、シフト話でもちきりになった。
夏休みの駒取り合戦だ。
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