24:仲直りをしよう

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24:仲直りをしよう

 ややあって。 「……やあ」  あの日の朝のように、右手を上げてクシェルは声をかけた。  しかしあの朝を再現したかのように、スヴァルトは無言だった。おまけにそっと、視線も外される。  クシェルは傷ついた。彼に無視をされたことなんて、今までなかったためだ。  そして自分が、スヴァルトに拒まれたことでひどく傷ついている事実に、再び驚く。  驚きで混乱する頭は、出直すという選択肢を見失ってしまい。  結果として、彼女はスヴァルトへ詰め寄った。柄にもなく、彼を思い切りねめつける。 「なんで……なんで、こっちを見ないんだ」  間近でそう詰問しても、スヴァルトは相変わらず斜め下を向いたままだった。きゅ、と唇も引き結ばれている。  その頑なな態度に、余裕のないクシェルもあっという間に激高する。 「なんなんだよ。黙ってたら、分からないだろ!」 「いえ、その……」 「こっちを向けよ!」  思わず怒鳴ってしまった。  声を荒げることが滅多にないクシェルの怒声に、荒事に慣れているであろうスヴァルトも、たまらずビクつく。  というか、クシェル本人も、自分で怒鳴って自分で驚いていた。ここまでむかっ腹だったのか、と。  しかし怒鳴り声がカンフル剤となり、おっかなびっくりではあるものの、スヴァルトはようやくクシェルを見た。  だがその表情は、とても悲しげなものだった。まっすぐな眉がきつく寄せられ、目も細められている。口も相変わらず、固く引き結ばれていた。  いつもよりも深い眉間のしわを見上げて、クシェルはため息をつく。こんな、大の大人の泣き出しそうな顔を見てしまったら、怒りも瞬く間にしおれるというものだ。 「なあ、スヴァルト君……どうしたって言うんだい? 急に、店に顔を見せなくなってさ。皆も、私も、心配してるんだぞ」 「いえ……」  ぼそり、と一言だけつぶやき、再び彼はうなだれた。そのまま、ひどく聞き取りづらい声で続ける。 「その……ただ、思ったのです。貴女を傷つけた僕が、貴女の友人になるなんて……やはり、おこがましいのではないか、と」  意表を突く蒸し返しに、クシェルは困惑顔になった。何故急に、という疑問が脳裏を巡る。  誰か――例えば彼の左遷理由を知っているであろう、団長辺りに何か言われたのだろうか。そんなことを言うような人には、見えないのだが。  だが外野になんと言われたって、クシェルに彼との交流を止める気などなかった。華奢な肩をすくめる。 「前にも、言ったじゃないか。そのことはもう気にしなくていいって。お互い、謝罪はなしだろう?」  なだめようと手を伸ばすも、それを拒むようにスヴァルトは首を振った。次いで、猛然と顔が持ち上げられる。 「ですが! 貴方と殿下の仲を引き裂いたのは、僕です!」 「は?」  クシェルは目が点になり、突然宇宙の話題を振られた人の顔になった。  その壮大なる宇宙顔に、スヴァルトも虚を突かれた顔になる。 「あの……クシェル、殿……?」  恐々とした呼びかけで、クシェルは我に返る。 「君は、何、気持ち悪いことを言ってるんだ?」  思わず地を這うような、おどろおどろしい声になってしまう。再び、びくりと仰け反るスヴァルト。 「え? いや、しかし……殿下――グラナス殿下と、想い合っていらっしゃるのでは?」  想像した途端、夏の熱気がかき消えた。背筋を伝う寒さに、クシェルはぶるりと震える。我が身もかき抱く。 「んなわけあるか。あんなタラシ、いくら積まれたってごめんだ」  口調も荒々しく、吐き捨てるように断言すると、スヴァルトは引きつった顔で一歩たじろいだ。 「は、はぁ……そう、なんですか……」 「そうなんだよ。でも急に、なんでそんなことを言いだすんだ? 何か、危ないおクスリでも一発決めたのかい?」 「決めるわけ、ないじゃないですか」  ようやく彼に、遠慮がちながら笑顔が戻る。その顔を見上げて、クシェルもホッと安堵した。  笑顔に苦いものを混ぜて、彼は続けた。 「この前、殿下が仰っていたんです。貴女を『大事な女性』だと」 「やめてくれ。想像しただけで吐きそうになる」  実際、二日酔いや人酔いよりも酷い吐き気が、喉の奥にこみ上げていた。酸っぱい臭いも、じわじわせり上がっている。  それをどうにか、寸前でこらえる。呼吸を整えて、まっすぐスヴァルトを見つめた。  そして告げる。 「あのバカ王子とは、手だって握ったこともない。私が手を握ったことがある男性は、君だけだ」 「えっ――」  スヴァルトが言葉を失い、たちまち赤面した。  体の関係をすでに持っているくせに、と思わなくもないが。不器用な彼らしい反応とも言える。  もっともクシェルも、やや遅れて照れに襲われ、似たり寄ったりの赤い顔で慌てる羽目になっていた。 「い、今のは他意はないから! あくまで事実、事実を言ったまでだ!」 「は、はい……」  スヴァルトの声はか細い。彼の精神は、その辺の乙女よりも繊細なのだろうか。  そんな彼を笑って受け止めるのが、クシェルの普段の役割だったが。  しかし今の彼女には、そんな余裕などない。受け止めるどころか、スヴァルトの制服の胸倉を掴んでいた。 「とにかく! 変な遠慮をせずに、また店に来て欲しいんだ!」  そのまま勢い任せに、彼を前後に揺さぶる。 「は、はい!」  目を白黒させながら、それでもスヴァルトは大きく返事をした。  ようやく聞けた元気いっぱいの声に、クシェルは嬉しくなって、輝く笑顔で一層彼を揺さぶった。 「明日は絶対来るんだぞ! 来ないと泣くからな!」 「行きます!」  しかしこの、どう見ても恫喝でしかない光景を、詰所から顔をのぞかせたハザフに見られてしまった。  ホウキを肩に担いでいる彼は、クシェルとスヴァルトを交互に見て、いぶかしげに尋ねる。 「お二人さん、何やってんだ? 喧嘩か?」  なんとも不思議そうな彼の方を、二人揃って振り向いた。 「いえ、もう仲直りしました!」  そして、同時に叫ぶ。 「え……それで?」  嬉々として胸倉を掴むクシェルと、同じく嬉々として胸倉を掴まれているスヴァルトの姿に、ハザフも宇宙顔となった。
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