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私の家探し(7)
【言霊はある?③
/レミさんの置土産】
急遽の自宅売却理由は、
「近所の苛めが酷くなって、
レミちゃんの自転車が、
盗られちゃったんだって。
レミちゃんが、
こんな町に居られないって言うから手離して、
他の町で賃貸に入ったの」
「家を売って賃貸に住んだら、
所得税かかるよね。
こうなると被害甚大だね、
近所トラブルも」
「だよねえ」
「自転車、
誰がそんな真似したんだろう」
「レミちゃんが言うには、
自転車が無いのに気付いて探したら、
よその家の角に放置してあったらしいの。
勝手に持ち出したものを、
自宅前に置く人は居ないだろうから、
その家以外の人かなって、弟が」
「何でそんな苛めを受けるんだろう」
「あの地区、
そこまで近隣付き合い、
無いと思うんだよね」
「甥御さんは?」
「東京の大学へ入る勉強してる。
芸大だからお金かかる上、
将来は留学もしたいって言うから、
弟は青くなってたわ」
「息子さんがすくすく育ってくれたのは、
良かったね」
「うん、甥っ子は普通」
家を売り、
賃貸へ移った弟さん一家。
レミさんの強い意向があっての引っ越しでした。
これには後日談が……。
それから数年。
結局、夫婦は別々の道に。
ミノリさんの甥御さんは無事、
希望の大学へ入り、
その後、弟さんは、
夫婦関係の継続が難しくなり、
離婚となりました。
「二人だけだと喧嘩になっちゃうとか、
そんな理由で別れたの?」
「違うの。
レミちゃんが家に帰りたい、
東京に戻るって言うわけよ」
「余程嫌な目に遭ったんだね」
「それも分からなくなってきた」
「っていうと?」
「いきなり離婚じゃなくて、
一回、実家へ戻って、
そこで気分転換できたら、
また名古屋へ戻ればいいって、
そういう案に落ち着いたわけ」
「弟さんは名古屋で会社やっているから、
東京に住むわけにいかないよね」
「それでレミちゃんは、
東京へ行くことになったんだけど、
一人では行けないから、
一緒に新幹線で、
実家まで行ってくれって言うの」
「えっ、だって大人じゃん。
ってか、東海道新幹線、
名古屋駅から乗ったら、
あと、降りるだけだよ、東京」
「それが難しいって言うのよ。
だから私、付き添いで行ったわ、
新幹線で往復して」
「実家の人、迎えに来なかったの」
「来ない。
東京駅にも来ない。家に居た」
「レミさんを連れて、
方向音痴なミノリさんが都内を移動?」
「そうなんだって。
獣医と区役所と医者と、
スーパーと銀行位しか行けない私が、
レミちゃん連れて、
住宅街まで行ったんだよ」
道中、
レミさんは経路の案内をしてくれず、
ほぼ無言だったということです。
「あっちの家族、
レミさんを歓迎してる感じ、薄いね」
「いつかこうなると思っていたみたいなこと、
言っていた。お母さんが」
「どういうこと」
「レミちゃんは昔から、
周りと打ち解けないというか」
「大学で四年間、
弟さんと交際したわけでしょ」
離婚後は独身で、
社業に専念しているミノリさんの弟さんは、
しっかりした優しい人です。
「学生時代、
弟は気付かなかったらしいわ」
「そうなの」
「うちの人だって、
サラリーマンになって数年は、
まあまあ調子よくやっていたけど、
その後で発症したもんね。
ただ、旦那も独身時代から、
確かにマイペースな人だった。
主張の強い人じゃないけど、
頑固で譲らないというか」
ミノリさんの御主人は、
心を患い、30代半ばで退職し、
今に至るまで自宅療養しています。
「こうなると、
自転車泥棒や近所の苛めも、
本当なのかどうなのか怪しくなるね」
「本人に嘘の認識は無いと思う。
レミちゃんの中で現実なんでしょ」
売却した家は静かな文教地区で、
喧しい土地柄ではありません。
他人の敷地に入ってまでの自転車泥棒も、
ちょっと考えにくい。
名古屋を離れたレミさんは、
暫く実家に居たそうですが、
家族と折り合いが悪く、
今は一人でマンション住まい。
東京で就職した息子さんが、
時折顔を出しているそうです。
「何か病気は無いの?」
「病名が付いたみたいだけど、
薬もあるような無いような。
結局、
極端な性格ってことなのかな」……
レミさんは、
ミノリさん達のもとから去りました。
ミノリさんに、
言霊信仰(?)という置土産を残して。
……
「言霊はあった!」に続く。
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