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リルフィーネは奥歯を噛み締めて、無理やり口角を引き上げる。
「ご機嫌よう。サグアロー大佐。」
怒りで跳ねる胸を理性で押し潰す。実際に肋骨を押されてもいないのに、内部の胃がキリキリと痛む。痛みで怒りが少し誤魔化せる内に、淑女として反撃をする。
美しいと評価される程のカーテシーを披露して、サグアロー大佐の口を塞ぐ。
「ブレッスド公爵令嬢。美しいご挨拶をどうも。騎士から連絡を受けましたが、あまり気分が優れないご様子で?」
予定していた言葉を挨拶に切り替え、それでも今の状況を嘲笑う。
「いいえ。全く。ご心配はいりません。お優しいのですね。サグアロー大佐。」
柔らかな笑みとは裏腹に言葉尻を強くする。
「いえいえ。皇太子殿下の婚約者様でありますので、大事をとって急ぎ休養されてはいかがでしょうか?こちらで騎士がお送り致しましょう。」
「結構です。少し皇后陛下に御相談したい事がございますので。」
ついに出した皇后陛下と言う言葉に両者の後が息を飲む。
「サグアロー大佐。皇后陛下にお取次ぎ頂けますか?」
疑問形で話してはいるが、ここまでハッキリと名前を上げれば、リルフィーネが皇太子殿下の婚約者である以上白紙には出来ない。
サグアロー大佐は大きくため息をつい、騎士を1人立ち去らせた。使いを出したのだ。
「どうやら、私の姫君の方が可愛らしい様ですね。」
リルフィーネはふんっと顎を上げて鼻で笑う。
6年間、こんな風に素で話をすれば、マナー講師のジョセフィニア様から背中やお尻を物差しで叩かれていたが、リルフィーネにはもう怖くなどなかった。それ以上に、6年間も外に出さず、淑女の仮面を被り続け鳴りを潜めていたにも関わらず、元来の性分やずっと大切にしていたプライドが腐らずに、直ぐ自分に馴染んだことでより心を強くもてた。
(大丈夫!いまなら自分で終わらせれる!!)
ブレッスド公爵が後ろから睨んでいても、リルフィーネは少しも気に止めていない。父親は後でいくらでも懐柔できる。
サグアロー大佐から腕を差し出されると、社交界で使う飛び切り華やかな笑みを貼り付けてエスコートに倣う。
「ありがとうございます。サグアロー大佐。」
大佐は乾いた笑いで降伏を示す。
「ですが、ブレッスド公爵令嬢。私ほど簡単に話は進まないと思いますよ?」
エスコートされながら、長らく歩き慣れた廊下を辿る。リルフィーネは式典や社交界、社交マナーを習いに来る度に歩いた廊下だった。あの時、確かな道と信じていた道はもう無い。
「ご心配ありがとうございます。けれどもう、私の足元は道無き道となっておりますので、あまり変わりないと思います。」
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