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皇后陛下が穏やかに微笑む。けれどリルフィーネは知っていた。王族の微笑みの中に、決定や示唆を強く含む笑みがある事を。この状況では分が悪いと、リルフィーネが手を強く握りしめた時だった。
皇后陛下の私室の前が騒がしくなるという、異常事態が発生し、何事かと思ったのもつかの間、私室の扉が勢いよく開かれた。
「母上。お待ちくださいっ!!」
久しぶりに耳にした声に、リルフィーネは目を見開き、部屋にいる全ての者が扉の方を見た。このような行動をする者も、許される者もただ1人しか思い浮かばない。
「……クライアス殿下。」
紺色の髪を煩わしそうにかきあげ、リルフィーネと同じく学生服に身を包み、王子様前として扉を開け放っていた。だが、皆クライアス殿下の腕の中に収まる少女に視線がいくと言葉を失った。つい先程まで話に出ていた、「平民」の「聖女」がクライアス殿下の手を腰に添えられた状態で入室していたからだ。
皇后陛下を前にカーテシーをする事もなく、不安そうに目を潤ませてて殿下を見上げている。
(……ぐ、グッジョブ!!です!!殿下!!)
神がかった救いの手に、リルフィーネは人生で1番の賞賛を殿下に贈る。
恐る恐る振り向けば、皇后陛下は辛うじて口角は上がっているものの、半目になるほど目を細め、青筋をはっきりと浮かべていた。
(これは、確実にアウトですわ。)
肩にそっと手を置かれ見上げれば、いつの間にか席を立ったブレッスド公爵手が場にそぐわない微笑みを浮かべて頷く。
安堵と共に、深く息を吐き出してリルフィーネは立ち上がり深く頭を下げて、カーテシーを行う。その横でブレッスド公爵も胸に手を当て頭を下げる様子に、サグアロー大佐を含む騎士たちも頭を下げた。
「よい。話をさせてくれ。」
そう言い、殿下が腕を払い頭を上げさせる。
リルフィーネは、席に着いた。
「ごきげんよう。クライアス。どのような要件であれば、それほどの失態を犯してもなお平然としていられるのか、母に教えてくれるかしら?」
その声の低さに、誰もが礼を終えたあとも床から目を離せないでいた。
「母上。失礼は存じております。けれど私の話を聞いてください。」
「クライアス?分かっていて犯す失態は、罪と呼ばれます。それでも話すと言うのですか?」
「母上。リルフィーネの言葉だけではなく、私たちの言葉もお聞きください。リルフィーネが何と言おうと、間違いなく彼女は聖女なのです。私は国のためにも彼女を守らなければなりません。そして、リルフィーネのように、自分の利しか考えない者ではなく、平民の産まれだとしても、民を思い、癒してゆくティアと共に私の心はあるのです。」
クライアス殿下から愛称で呼ばれて、顔を綻ばせた少女と当人である殿下を流石に大丈夫だろうかと心配をする。殿下が勘違いをしてしまっている事。殿下のお陰様で、リルフィーネとは婚約破棄出来るという事。そろそろ2人の世界から帰ってきて、現実を見ないと殿下の足場が危うい事。誰がどこから突っ込むのだろうかと、リルフィーネは部屋を見渡す。間違いなくブレッスド家のリルフィーネと公爵の役どころではない。サグアロー大佐は先程の位置より一歩下がり、目を伏せている。完全に投げ出していた。
「あなたの言いたいことは、分かりました。クライアス。」
誰一人言葉を発せない中で、皇后陛下が先程の笑みを貼り付けていた。リルフィーネに向けた決定や示唆を示す笑みだ。
「クライアス。廃嫡を受けなさい。」
皇后陛下の力強い笑みに、リルフィーネは呼吸が出来なくなる錯覚を覚えた。
クライアス殿下もティアと呼ばれた娘も、瞳がこぼれ落ちそうになるくらい見開いた眼を皇后陛下に向けていた。
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