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魅力的な友人
行きに通った道を逆に歩きながら、アドレナリンが分布された脳は、考える事を辞めてくれない。
(何がいけなかったの。どうして……私がいけなかったの?…)
サグアロー大佐から案内された部屋で、3人が崩れるように腰を降ろした。
会話のないリルフィーネや殿下と聖女に目を向けながら、少し離れてサグアロー大佐とブレッスド公爵が会話をしている。
リルフィーネの脳内にサグアロー大佐の言葉が今言われているように思い出す。
「私ほど簡単に話が進まないと思いますよ?」
確かな警告だったのに、軽視してしまった。なぜいけると思ったのか。クライアスが彼女を腕に抱いたまま入室した時、喜んでしまった事を呪う。
結局は、子供と大人の力比べでしかなかった。
小さくすすり泣く音が聞こえて、「聖女」と呼ばれていた娘が大粒の涙を流し、声を潜めて泣いていた。
(……こ、怖かった。)
リルフィーネとクライアスが大きく息を吐く。
リルフィーネはポケットの中からハンカチを取り出し、彼女に差し出した。
「…り、リルフィーネさまぁ…」
彼女はハンカチを受け取らず、リルフィーネの胸にすがりついた。すすり泣きは、本格的な鳴き声へかわった。
震える背中をゆっくりと撫でながら、こんな小さくて何も知らない子に、何を押し付けようとしていたのかと叱責する声は、リルフィーネとクライアスのどちらにも聞こえて来るようだった。
話し終えたサグアロー大佐とブレッスド公爵が、こちらに近づいた。
「初めは6人ほどいたのです。クライアス様の婚約者候補は。」
給仕がお茶を入れてくれる。サグアロー大佐は世間話のような軽さで話をする。
「全く同じ教育を進めましたが、1年もったのはリルフィーネ嬢だけでした。その後、密やかに王妃教育を望む方は受けていますが、残っている者は今日いません。」
リルフィーネは他人事ように黙ったままのブレッスド公爵を睨みつけた。
(…あの時お父様は、1年だけ頑張ったら後は好きにして良いと言っていた。)
その言葉を信じて、ジョセフィニアの厳しい叱責にも、忙殺するようなスケジュールの講義にもなんとか食らいついていた。けれど、1年後にリルフィーネが手に入れたのは「婚約者」という地位だった。
「王族の継承権をお持ちの方は、17人おります。共に産まれた時からの皇帝学教育により、その立場を守っておりますが……。」
サグアロー大佐の強い眼差しを感じ、ブレッスド公爵からサグアロー大佐に視線を移す。
「帝王学を学ばれ、王妃教育を続けている10歳から16歳の女性はリルフィーネ嬢だけです。」
つまり、替えがきかないのはリルフィーネの方なのだ。そんな事も知らないで、自由に憧れ、行動を起こしたリルフィーネは、見事に自らを差し出す結果となった。恥ずかしすぎるので、しばらくはサグアロー大佐を避けようと決心する。
「そう見えなかったかも知れませんが、殿下の恋の話より、リルフィーネ嬢の婚約破棄の提案の方が陛下は慌てていらっしゃいました。」
その言葉でクライアスは、リルフィーネが皇后陛下に会いに行った理由を知る。サグアロー大佐をしっかりと見返してから、リルフィーネに向かって頭を下げた。
「リルフィーネ、誤解をしてしまって申し訳なかった。私はティアを糾弾しに向かったのだとばかり……。」
「殿下、おやめ下さい。決して頭を下げてはならないと言われているでしょう!」
先程、跪くまでしていたリルフィーネが言えることではないが、流石に受け入れてはいけないと止める。
「ティア。……いや。ティーリア嬢。こんな事に巻き込んでしまい、申し訳なかった。私は多くのことを忘れてしまっていた。」
(…え?嘘でしょう??もしかして、……こいつ。)
リルフィーネの腕の中で、ティアと呼ばれていた少女はビクリと震えた。
「ティーリア嬢の事を思う気持ちは変わる事はない。だが、私が担っている責任を共に背をわせる事は返って君を傷つけてしまう。」
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