前編

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前編

木村健太は、ごく平凡なサラリーマンである。 彼は今年32歳になった。 先月、職位が上がり、手取り月収も少し増えた。ここ数年の目標が一つ達成された形である。 そんな彼の次なる目標は、『結婚』だった。 学生時代の友人が次々と結婚していくのを横目に、彼には全然そのチャンスは訪れなかった。 (俺は昔から全くモテないしなあ。『普通』という文字を人型にしたら俺になるんじゃないだろうか?) などと、くだらないことを思いながら、ネットの映画をぼんやり観るような休日を過ごす。 (こういう休日を送るのがダメなんだろうな。もっと外に出て、楽しみを見つけないと。もしかしたら、その楽しみの中に素敵な出会いがあるのかもしれないし) 酒が飲めない健太は、ぽりぽりとスナック菓子をつまんで、アイスコーヒーを飲み干した。 丁度映画も終わり、テレビを消して立ち上がったものの、(さてと。何をしよう? 映画も観たし、ゲームも飽きた……) ぽんぽんと自分のお腹を軽く叩いた健太は、ギョッとなった。 想像以上にお腹が出ている。 あわてて玄関まで行き、シューズボックス備え付けの姿見()に全身を映した彼は、「やべえ……」とつぶやいた。 結局、健太はその足ですぐに、駅前のフィットネスクラブに行ってみた。 今夏のボーナスも出たし、月収も上がったし、思い切って入会することにしたのだ。 月一万円ほどの利用料で、ジムをいつでも利用できるコースを選ぶ。 来るべき出会いに向けて、少しでも見栄えをよくしたい。筋肉がついていない細い手足と、それなのに下腹が少し出ている情けない体つきを見て、決意した健太であった。 帰り道、同じビル一階の一室から、若い男性がぞろぞろ出てきた。 (なんだろう?) フィットネスクラブのある建物の二、三階は全てジムであったが、それ以外はどんな会社が入っているか知らなかった。 エレベーター横の壁に貼られている案内プレートを見ると、フィットネスクラブの事務所の他に、会計事務所、そして、『NPO法人/夢見屋』という名があった。 (夢見屋? 何をしているところだろう) 健太は好奇心に負けて、その謎のNPOの部屋の前に立つ。 ドアをノックすると、「どうぞ」と、男性の声がする。 恐る恐るといった体で、健太はドアを開けた。
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