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「そんな事もあったなぁ……」
促されてソファに腰掛けてから、ぼんやりと3年前の事を思い出して呟く葵。ほのかに焚かれた香が鼻をくすぐる。来客中だったのに葵が入った時に客は先方へ電話をするため外へ出たらしく、一旦奥へ行った裕太が戻ってくるまで一人で思い耽っていた。
裕太と初めて話した日から色々な事が変わった。
店番ではなく茶舗で本格的に働かせてもらいたいと両親に話し、驚かせたが喜んでもらえた事。日本茶を気軽に買って試してもらえるよう、数種類を少量パックにしたお試しセットを作ったところ店先でもオンラインでも好評だった事。
茶器やテーブルコーディネートについて学んだ知識をホームページで紹介した事。
茶舗の伝統を重んじていた父からは最初反対されたが、若い世代の売り上げが上がったことにより、徐々に理解を示してもらえるようになった事。
実際にお茶の淹れ方を知って楽しんでもらえるよう、イートインコーナーでお菓子付きのお茶の淹れ方セミナーも始めた。認知度を上げるためにあれこれ苦労したが、少しずつ軌道に乗り出している。
もちろん良いことばかりではなかった。失敗もたくさんして、両親からも客からも厳しい言葉をもらったこともあった。3年経った今でも毎日がチャレンジと勉強の日々である。
それでも周囲からの目を気にして生きていた頃より、ずっと生きている実感を感じられるようになったと葵は感じていた。今の充実ぶりを考えれば彼にはただただ感謝しかない。
「どした?考え事?」
聞き慣れた声で我に帰る。話しながら裕太は葵の隣に座った。
「ううん。ちょっと前の事、色々思い出してただけ。はい、深蒸し茶の冷茶だよ。気温が上がってきたからスッキリすると思って」
「ありがと。いただきまーす。ん、このお茶まろやかだなー」
「でしょ?冷やしても味のまろやかさが残るのが深蒸し茶の良いところだよね。それで裕太さん、協力してほしいことってどんな事?」
「あー、それなんだけど案件持ち込んだアイツが今出て行っちゃったんだよねー……」
先程のまだ見ぬ客のことか。
「どんなお客さんなの?」
「客っていうか、学生時代の仲間だよ。今朝連絡があっていきなり来たから何かと思ったら、謎解きみたいな紙持ってきてさ。ちょうど葵が来たから入ってもらったってわけ」
「謎解き?私も協力するって、まさかこの事!?」
「3人揃ったら何ちゃらの知恵、って言うでしょ。
一つ頼みます」
「そんないきなり言われても……。まあ今日のお茶セミナーは午後からだから少しだけなら大丈夫だけど……」
「葵の力が必要なんだよ。お願い」
涼しい表情のままではあるが、和服姿の美形にこんな近距離でじっと見つめられながら頼まれてしまっては断れない。彼も葵が断れない事を分かって言っているような気がするため何ともタチが悪い。
「……役に立てるか分からないけどそれでも良いなら。」
「絶対大丈夫。むしろ葵の得意分野かもしれないから」
「ほんとに?まあ、とりあえず分かった……っていうか近距離で見つめられるのダメだから!心臓に悪いから!」
慌てて両手で壁を作ってみる。
そう、さっきからやたら熱くなって動悸が早いのはそのせいだ。彼はクスクスと笑っているがこっちはそれどころではない。自分の顔や態度が武器になっていることに気づいているのだろうか。
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