深蒸し茶と暗号文

1/13
前へ
/95ページ
次へ

深蒸し茶と暗号文

 新茶の季節が訪れ、茶舗が賑わい出すと1日は瞬く間に過ぎてしまう。  茶舗が一年のうちで最も活気づくこの季節が彼女は大好きだった。店先の掃除をしていると、風が木々や髪の毛を揺らし爽やかな気持ちにさせてくれる。  彼女の名は神沢葵(かみさわ あおい)23歳。  安永元年から続く団右衛門茶舗の一人娘である。  安永と言ってもいつの時代なのか想像し難いが平たく言えば江戸時代。つまりかなりの老舗というわけで、伝統からか敬遠されがちな日本茶を幅広く普及させたいと広報活動に勤しむのが葵の日常である。 「よーし。掃除完了。今日はお茶の淹れ方セミナーで静岡と京都の新茶を紹介して、と。でもせっかくだし鹿児島のやつもPRしちゃおうかなー」  ブツブツと独り言を呟きながら作業を進めるのが葵の癖で、この日も絶好調である。  日本茶鑑定士という資格も取り、意気揚々と仕事に邁進しているように見える葵だが、ここまでモチベーションを上げて働くのは容易な事ではなかった。  小柄で特段の美人というわけでもないが、小顔で手足も長い。実家が客商売ということもあり愛嬌もあったため学生の頃は街でスカウトされる事もあった。葵自身も幼い頃から日本茶を好み、知識もあったものの家業はどこか地味でとっつき難いイメージがあったため、好きなことを友人にはなかなか明かせないでいた。  そんな彼女を変えた出来事があったのは3年ほど前だったのだが……。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

146人が本棚に入れています
本棚に追加