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おやすみ世界
勇敢な青年を乗せた宇宙船が宇宙へ発射された。宇宙船には青年と、世話をするロボットが乗っていた。
宇宙航海日誌 第一日
本日からこの日誌を開始する。のちの航海に役立てるため、ロボットであるわたしが正確な記録を取ることになった。人間はどうも主観的でよくない。
「さあ、この旅は長い旅になるぞ。気を引きしめていこう」
遠足を翌日に控えたような調子で青年が口にした。広い宇宙に飛びだしていく高揚感でいまにも体ごと浮きたちそうだ。念のため記しておくが、船内には人工的な重力が働いている。足が浮くことなどない。万が一、重力が失われることがあれば大事件だ。航海の中止を検討しなければならない。もっとも、地球に戻れるかは不明だが。
「どうした。元気がないようだが」
青年がわたしの目を覗きこむ。わたしは青年のすがたを収めるため、適切な距離を取った。
「わたしはいつも元気です。あなたのような人間ではないのですから」
「なんだ、そうか。なにもこたえないから死んでいるのかと思った」
「機械が死ぬわけがないでしょう。しゃべる必然性を感じなかったまでです」
「それはさびしいな。広い宇宙にふたりきりの旅だ。もっと話してくれてもいいじゃないか」
なれなれしく青年がわたしの頭をなでる。
「あなたがしゃべれというのならしゃべりましょう。それくらいの柔軟性は持ちあわせているのです」
「話し相手になってくれるならそうしてくれ。たいへんありがたい」
「わかりました。以後気をつけることにしましょう」
わたしは青年の要望をくみ取った。青年はお気に入りのおもちゃで遊ぶ子どものように、この日の作業に取りかかった。記念すべき初日はとくになにごともなく終了し、夜を迎えた。夜といっても便宜上の夜だ。宇宙はいつも星がかがやいている。だが、人間には定期的な睡眠が必要だ。目的の星につく前に力尽きては元も子もない。
「今日は疲れた」
まったく疲れを感じさせない顔で青年は言う。
「お疲れさまでした。はやく眠ったらどうです。いったんリズムを崩すと、宇宙空間でもとの調子に戻すのは苦労しますよ」
「まるで宇宙で暮らしたことがあるような口ぶりだな」
「暮らしたことはありませんが、知ってはいます。わたしのなかにあるデータがそう言っているのです」
「なるほど。ところで、きみは寝ないのか」
「おもしろくない冗談ですね。わたしに睡眠は必要ありません。そもそも、わたしにはあなたを含めてこの航行のすべてを記しておく義務があります。休むひまなどありません」
「それはたいへんだな」
「お気遣いなく。わたしはなんとも思っていませんので。人間とはちがうのです」
「そうか」ふしぎそうな目でわたしを見つめながら青年は言った。「じゃあ、わたしは寝るよ。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
青年が目を閉じる。一日目の任務が完了した。
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