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「里穂ちゃん、俺と付き合って」
慎也くんは、私の頬に左手でそっと触れた。
私は、こくりと小さくうなずく。
うまく言葉にはできないけど、私は慎也くんが好き。
その思いは伝えたい。
すると、高い位置にあった慎也くんの顔がゆっくりと下りてきて、優しく唇が私のそれに触れた。
あっ……
私は、そっと目を閉じると、右手で、きゅっと彼のシャツを掴んだ。
慎也くん……
どれくらいの時間が経ったのか分からないけれど、永遠のように感じる長い時間が過ぎた後、唇を離した慎也くんが言った。
「今夜……」
今夜?
その先に続く言葉を想像して、私は一瞬息をのむ。
どうしよう……
顔がほてって、耳まで熱い。
私は、恥ずかしくて、うつむくことしかできない。
「……いや、送るよ。荷物を置いてくるから、ちょっと待ってて」
慎也くんは、私を抱きしめた腕をほどくと、横に置きっぱなしになっていた旅行鞄を持ち上げて、部屋へと向かった。
そして、再び戸締まりをすると、私の右手をキュッと握る。
「さ、行こうか」
私は、慎也くんに手を引かれて、すっかり暗くなった路地をゆっくりと歩いていく。
「そういえば、慎也くん、車は?」
慎也くんが車を持ってるなんて、初めて知った。
「ああ、ここへ帰ってくる前に返したよ。レンタカーだから」
あ、そういうことか。
好きな人と手を繋いで歩く10分は、いつも以上に短く感じて、家が近いことをうらめしく思ってしまった。
「明日も会える?」
アパートの前で慎也くんに聞かれて、私はこくんとうなずく。
「じゃ、また明日。里穂、おやすみ」
えっ?
今、里穂って……
驚いた私が顔を上げると、慎也くんの顔が再び近づいてきて、また唇が重なった。
トクトク、トクトク……
私の心臓がこれでもかっていうくらい忙しく鳴り響いている。
慎也くんの唇が離れると、私はまた慎也くんの顔が見れなくて、うつむいてしまった。
「じゃ、里穂、おやすみ」
私の右手から慎也くんの手が離れていく。
それが寂しくて、私は再び慎也くんを見つめた。
「……里穂、お願いだから、俺の理性を奪わないでくれる?」
慎也くんは、そう苦笑いをすると、私の髪をスッと撫でて背を向けた。
「また、明日な」
慎也くんは、振り返ってそう言うと、軽く手を振って去っていく。
私は、その背中を見送りながら、そっと熱い頬に手を触れた。
─── Fin. ───
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