オヤスミオジサン

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 オヤスミオジサンはたぶん、自分の姿を私に見られるのを避けていたのだと思う。けれどオヤスミオジサンは迂闊なので、わりとすぐに姿を見ることとなった。  それは雨の降る夜のことだった。いつものようにベッドに入ってオヤスミオジサンが窓の外に来るのを待っていたところ、しばらくしてずるずると足を引きずってやって来た。  ところがいつもの距離のところまでやってこない。困ったように行ったり来たりを繰り返し、なにか言おうとしてやめる、そんな気配。  どうしたのだろう、と思い、すぐに思い至った。 「洗濯物干しっぱなしじゃん!」  雨が降っているというのに。  急いでカーテンと窓を開ける。――と、開けた瞬間、そこに立っているオヤスミオジサンと目が合った。  いや、「目」は合わなかった。落ちくぼんだ眼窩に目玉はなく、ただの暗い空洞があるだけだった。体は細く、皮膚が体に張り付くほど。ミイラのような風貌だ。餓鬼のようでもある。  そんな姿を目の当たりにして、けれどそれでも恐怖は感じなかった。  顔を突き合わせた瞬間、ちょうどオヤスミオジサンが決死の覚悟といった形相で言葉を発するところだったのだ。 『ア、アメ……!』  ――フッテルゾ、と続けようとした時に私が顔を出したものだから、オヤスミオジサンはヒャッと声を上げて固まってしまった。 「あ、ご、ごめんね?」  そそくさと洗濯物を取り込んで窓とカーテンを閉める。少しだけ開いたいつもの距離。きっと、この距離感がいいのだろう。  幸い雨の降りは弱く、洗濯物はそれほど濡れていなかった。 「だいじょうぶだよ」  そう声をかける。 「教えてくれてありがとう。オヤスミ、オジサン」  おやすみ、おじさん。  その言葉の響きを覚えている。  ン、と頷くような気配を残し、オヤスミオジサンはいつものルーティンに取り掛かる。  アパートの周囲を巡って、危険なものがないか、変な奴がいないか、私がちゃんと眠りにつけるか確認するのだ。  ――俺はお前の騎士だからな。  そう言っていたね。 (おやすみなさい、おじさん)  私の騎士だと言ってくれていた父の弟、私の叔父は、私が一人暮らしを始めたのと同じ時期に倒れ、今も病院で眠っている。
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