とりこむ、とりこむ。

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 そうこうしているうちに、ぽつぽつと空から雨粒が落ち始める。一気に雨脚が強くなり始め、私は慌てて家の中に引っ込んだ。首を傾げながら洗面所に向かった私は、バスルームのドアが開けっ放しになっていることに気付く。覗いてみれば、洗濯物がそれはそれは雑に干されているではないか。 ――あ、思い出した。外に干そうとしてたんだけど、ギリギリで心配になって内干しに切り替えたんだっけ。……なんだ私、さっさと帰ってくる必要なかったんじゃん。  こんなことなら、雪歩と飲んで帰れば良かったかもしれない。私はため息をひとつついて、ひとまず手を洗うことにした。 ――あれ?  うがいをしたところで、ふとおかしなことに気付く。リビングにもう一度戻り、ベランダを見る。やっぱり、洗濯物はない。なら自分は、一体どの家に干されている洗濯物を、自分の家のものと見間違えたのだろうか。  十階だったのは確かだ、一番上の階を間違えるとは思えない。そして、十階の真ん中あたりの部屋。問題は――我が家の両隣は、どちらも空き部屋ということである。 「!」  その時。耳をつんざくような、凄まじい音が。  ウイイイイイイイイイイイイイイイイン――!  明らかに、何かの機械が動くような音。バキバキバキ、と何かを壊すような音も断続的に響いてくる。工事か何かだろうか。右隣の部屋である。だが、誰も住んでいないはずの部屋で、一体何を? ――てゆうか。  足は勝手に、ベランダに向かっていた。 ――変じゃない、私。赤いシャツもタオルも……持ってなんかないのに。なんで、自分のものだなんて、勘違いを?  窓を開けた途端、凄まじい雨の音が鼓膜を突いた。私はサンダルを履いて、ふらふらとベランダに出る。まるで何かに、誘われてでもいるかのように。 ――何か、あるの?隣の部屋。  風で雨粒が、ベランダの中にも吹き込んでくる。スーツを着たままの足を、首を、頬を、雨粒が繰り返し繰り返し叩く。  私は濡れるのも構わず、ベランダの手摺に手をかけ――右隣の部屋の方を、覗き込んだ。 「――――っ!」  鳴り響いた雷鳴に。  私の断末魔は掻き消され――そして途絶えたのである。
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