6人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
そうこうしているうちに、ぽつぽつと空から雨粒が落ち始める。一気に雨脚が強くなり始め、私は慌てて家の中に引っ込んだ。首を傾げながら洗面所に向かった私は、バスルームのドアが開けっ放しになっていることに気付く。覗いてみれば、洗濯物がそれはそれは雑に干されているではないか。
――あ、思い出した。外に干そうとしてたんだけど、ギリギリで心配になって内干しに切り替えたんだっけ。……なんだ私、さっさと帰ってくる必要なかったんじゃん。
こんなことなら、雪歩と飲んで帰れば良かったかもしれない。私はため息をひとつついて、ひとまず手を洗うことにした。
――あれ?
うがいをしたところで、ふとおかしなことに気付く。リビングにもう一度戻り、ベランダを見る。やっぱり、洗濯物はない。なら自分は、一体どの家に干されている洗濯物を、自分の家のものと見間違えたのだろうか。
十階だったのは確かだ、一番上の階を間違えるとは思えない。そして、十階の真ん中あたりの部屋。問題は――我が家の両隣は、どちらも空き部屋ということである。
「!」
その時。耳をつんざくような、凄まじい音が。
ウイイイイイイイイイイイイイイイイン――!
明らかに、何かの機械が動くような音。バキバキバキ、と何かを壊すような音も断続的に響いてくる。工事か何かだろうか。右隣の部屋である。だが、誰も住んでいないはずの部屋で、一体何を?
――てゆうか。
足は勝手に、ベランダに向かっていた。
――変じゃない、私。赤いシャツもタオルも……持ってなんかないのに。なんで、自分のものだなんて、勘違いを?
窓を開けた途端、凄まじい雨の音が鼓膜を突いた。私はサンダルを履いて、ふらふらとベランダに出る。まるで何かに、誘われてでもいるかのように。
――何か、あるの?隣の部屋。
風で雨粒が、ベランダの中にも吹き込んでくる。スーツを着たままの足を、首を、頬を、雨粒が繰り返し繰り返し叩く。
私は濡れるのも構わず、ベランダの手摺に手をかけ――右隣の部屋の方を、覗き込んだ。
「――――っ!」
鳴り響いた雷鳴に。
私の断末魔は掻き消され――そして途絶えたのである。
最初のコメントを投稿しよう!