とりこむ、とりこむ。

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とりこむ、とりこむ。

 何か怖い話ありません?と、後輩の雪歩(ゆきほ)に言われたのはお昼休憩の時間だった。  お互い少年漫画オタク、毎週月曜日の少年誌の発売日にハッスルしている者同士、彼女の入社当初から私達は仲がいい。昼御飯は休憩スペースで一緒に食べるのが当たり前だし、仕事終わりに二人で飲みに行くのも珍しくない関係だった。 「何よ藪から棒に」  朝に買ったウインナーパンを一口齧って言う。時間がなくて今日は弁当を作ってくる暇がなかったのだ。大慌てで適当にコンビニで買ったモノだが、これはなかなか悪くないなと思う。あまり辛子の味がキツく無い方が私は好みだった。 「あ、わかった。また小説のネタに詰まってんのね?」 「当たりですー。コンテストの締切近いのに完全にネタ切れで死んでるんですー」  はふう、とテーブルに突っ伏す雪歩。彼女は趣味で小説を書いていて、なんでもどこぞの小説投稿サイトに投稿もしているらしい。そのサイトでは、定期的に小説のコンテストが開催されており、受賞者には賞金も出ると言うのだ。今度はホラーで何か書け、というお題でも出ているのだろう。  少しだけ珍しいなと思う。雪歩の小説はいくつか見たが、彼女はホラーが圧倒的に多いWEB作家だった。つまり、怖い系は得意ジャンルのはずなのである。 「あんたが怖い話のネタで詰まるなんて珍しい」  素直に感想を言うと、そりゃそうですよ!と彼女はかばりと顔を上げた。長い髪が思い切り跳ね上がる。あんたの方がホラー映画のオバケみたいな顔になってるわよ、とは心の中だけで。雪歩が可愛い系の美人だから尚更である。  未だに酒場に行ってもパチンコしても年齢聞かれて辛いんです、と嘆いていたのは記憶に新しい。まあ彼女がパチに行くのはお金のためではなく、好きなアニメの台があって演出が見たいから、というどことなくズレた理由らしいが。 「ホラー小説なんか、百個も書けばネタ切れになりますって!学校の怪談もストーカー女もやばいアプリも旦那の不倫相手バラしてステーキにして食っちゃう妻の話もみんな書いちゃったんですから!」 「な、なんか最後にヤバそうなの聞こえた気がするけど気の所為だと思うことにするわ。……で、怖い話ないかって私に聞かれてもね。そういうサイトとか積極的に見るほうじゃないし、妄想大魔神のあんたが思いつかないようなもの私が知ってると思ってんの?」 「あるから言ってるんですよ、先輩のマンションとか!」  マンション?なんの話だ、と私が眉を潜めると。 「駅前の高層マンションなのに、未だに埋まらない部屋がいくつかあるっていうじゃないですか!先輩の部屋の両隣も空き部屋なんでしょ?超便利物件なのに、絶対何かあるに決まってます!何か知らないんですか?」  流石に頭痛を覚えた。よりにもよってそこかいな、と。 「あんたね。人の住んでるマンションを勝手にホラースポットにしないでくれる?」
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