とりこむ、とりこむ。

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 確かにマンションに空き部屋は多いが、そもそもまだ築二年なのに人が死んだだの事故があっただの、そんな話がほいほい出るはずもないではないか。あそこがなかなか売れない理由など、どう考えても1つである。 「空き部屋あるのも当たり前でしょ。あそこ賃貸じゃないのよ。私があの部屋買うためにどんだけ頑張って貯金したと思ってんの。あんだけ便利でバカ高い値段なら、そりゃ買い手つかない時期があってもおかしくないっつーの」 「高いって言っても精々一千万円くらいじゃないんですかー?」 「あんた東京の地価ナメてない?ナメてるでしよ?そんな値段で買えると本気で思ってんの?」  そもそも一千万円だったとして、その金額を今すぐ殆ど払えと言われて払えるのだろうか、こいつは。給料の殆どが推し活で消えるせいで、なかなか彼氏ができない残念美人のくせに。――まあ、三十代後半で男っ気ゼロの仕事人間の自分に言えたクチではないのかもしれないが。 「えー……絶対なんかあると思ったのになぁ」  野菜ジュースをちゅーちゅーしながら、口を尖らせる雪歩。 「今回のお題、大人向けのホラーなんですよ。だからマンションで起きたご近所トラブルとか、夫婦のドロドロホラーとか書こうと思ったんですけどー」 「恋愛経験ゼロなくせに、よく夫婦の話とか書こうと思うわね」 「恋ならしてます!ただそ相手が恥ずかしがり屋で、ちょっと液晶の向こうから出てきてくれないだけでっ!!」 「ハイハイ」  まあ、二次元世界のオトコの方が、現実のオトコより魅力的であるという点は認める。かく言う私のスマホの待受も、某テニスアニメの俺様系高校生だったりする。ああ、今日も推しはカッコいい。その笑顔を見ているだけで仕事の疲れも吹き飛ぶというものだ。 「んぐっ!?」  唐突に見えた情報に、私はパンを詰まらせそうになった。ネットニュースと一緒に、天気予報が流れて来たのである。 「や、やっば……!!」 「ん?どうしましたか、先輩」 「今日の夕方、夕立ある可能性大って……!」  バッグの中に折畳み傘は持っているし、会社のロッカーにも一つ常備している。が、問題はそこではなく。 「さては先輩」  呆れた顔で雪歩が告げた。 「洗濯物干して来ちゃいましたね?」 「そーなのよー……朝寝坊して、ニュース見る時間なくてさあ。こんなに晴れてるんだから大丈夫かと思って。今日は残業ないし、ダッシュで帰れば間に合うかも。……悪いけど今日の飲みはナシで」 「えー残念。久しぶりに先輩と二人飲みできると思ったのになあ。今日はソロ活動かぁ」 「ほんっとごめん!今度また奢るから!」  私は両手を合わせて彼女に侘びた。夕立が来るとしたら、六時から七時あたりが濃厚だと天気予報は報じている。会社の定時は五時。自宅へはおおよそ一時間といったところ。飛んで帰って間に合うかどうかギリギリだった。  こんなことなら、夜遅くまでシリーズ物のアニメなんて見るんじゃなかった、と後悔する。まったく、推しが魅力的だからいけないのだ!
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