とりこむ、とりこむ。

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 ***  あれだけ晴れていた空は、私が会社を出る頃にはすっかり暗くなってしまっていた。どこから湧いて出たのか雲がもくもくと湧き上がり、青空を今まさに覆い隠さんとしている。空の端っこにはまだ青い色が残っているが、まったく油断できる状況ではなかった。  交差点を速足で駆け抜けて駅に飛び込み、電車に乗る。窓の外をはらはらしながら見つめ続け、自宅の最寄り駅に着く頃には空の色は灰色どころか黄緑に近い危ない色になっていた。完全に、一雨来る前兆である。 「やばいやばいやばいやばい!」  駅から飛び出せばもうマンションはすぐ目の前だ。丁度裏手から正面に回る形になるため、マンションのベランダがよく見えるのである。  私が住んでいるのは十階建てマンションの十階で、しかも真ん中のあたりだから非常にわかりやすい。露骨にぽつん、と洗濯物が干しっぱなしになっている窓がある。赤いシャツやタオルが、強くなってきた風にバタバタとはためいていた。 ――やっぱり干しっぱなしになってたぁぁ!い、急がなきゃ!  実は中干しにしてたのを忘れてました、という落ちであってくれと切に願っていたのだが、叶わぬ望みであったということらしい。革靴をひっかけそうになりながらもオートロックマンションの自動ドアに飛び込み、エレベーターに乗り込む。ベランダなので一応屋根はあるものの、今までの経験上“ガチの大雨”だと内側の床までずぶ濡れになってしまうことを、私はよーく知っているからだ。  遠くでゴロゴロと雷が鳴っている。あと数分持ってくれと祈りながら自宅の鍵を開け、中に飛び込む私。手洗いうがいも後回しにしてバッグをソファーにブン投げ、ベランダに出た私が見たものは。 「あ……あれ?」  何もなかった。  物干し竿に、干されているものは何もない。ただ銀色の棒が、ちょっと淋しげに風でカタカタ揺れているだけである。 ――あ、あれ?何か干してあるように見えたんだけど、気の所為?ていうか、私ホントに今日は洗濯物どうしたっけ?
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