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おやすみ
パジャマに着替え、ベッドルームに入る。
橙色の常夜灯の下、妻がクイーンサイズのダブルベッドで寝息を立てていた。
ほぼ正方形の寝具の上、8分の5を使っている。
私はスマートフォンの目覚ましをセットして、さらにいびきモニター機能のついた睡眠アプリを起動すると、充電ケーブルを繋いでベッドの上に置く。
なるべく静かにと意識しつつベッドへ身を滑らせたが、私の体重を受けてスプリングが耳障りな軋み音を立てた。
「ん? 帰ったの」
妻が寝ぼけ声を出した。
「ただいま。起こしちゃったか」
「おかえり、おやすみ」
言うなり、妻はこちらに背を向けた。
帰宅時と寝る前にキスをする習慣は、とうの昔に廃れてしまっている。
「おやすみ」
妻に背を向けて、私も横になる。
「弱き者よ、なんじの名は……なんちって」
つぶやきはそのまま、寝息と成り果てた。
夢を見た。
私は探し物をしていた。
「見つからぬ」
「何を探しているの」
妻がやや、苛立ちを匂わせる声音で背後から聞いてきた。
「大事な、とても大事なものだ」
「私より大事なもの?」
そんなものはないでしょう、という声にならぬ意思が伝わってきた。
私は怒りをもって答えた。
「昔の君だ」
妻が返事をどうとらえたか、振り向いて確かめようとすると、目覚ましが鳴った。
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