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車を走らせて三十分、『倉持酒造』の敷地内にある砂利の駐車場に入った。
江戸時代後期に創業した由緒正しい酒蔵で、清酒やワイン、地ビールを製造している。地ビール作り体験ができるのも魅力で、それを目当てに観光客が訪れる。
趣ある木造平家の建物の入り口を覗くと、カウンターにいた女性と目があって会釈した。
「美羽ちゃん、いらっしゃい」
優しい笑顔を向けてくれたのは、倉持酒造の社長の奥さんだ。五十歳になるとは思えない肌の艶は今日も健在で、酒蔵の美魔女と言われている。
「桜子はお仕事中ですか?」
「今日は休んでると思うよ。ちょっと待っててね」
奥さんは店の奥に引っ込んだかと思うと、張りのある声で「桜子!」と叫んだ。
家中、もしくは近隣にも轟くような大声に驚いていると「はーい!」とこれまたつっけんどんな大声が降ってきた。
「美羽ちゃんが来てるから降りてきなさい!」
途端に上の階が急に騒がしくなり、ドアを閉める音やら階段を駆け降りる忙しない足跡やらが響いた。
奥さんが入っていった入り口からひょっこりと顔を出したのは、流れるような長髪を金色に染めた美女だった。
切長の目が私をとらえると、普段は真一文字にとじている口角をもち上げて微笑んでくる。
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