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威圧感たっぷりに睨むバンドマン達に囲まれて居心地がいいものではないが、部屋の中央に鎮座する低くて小さなちゃぶ台とベッドの隙間に体を沈ませる。ここが、私の定位置だ。
しばらくすると階段を駆け上がる物音がして、豪快に扉が開かれると桜子がグラスふたつに二リットルの麦茶のペットボトルを抱えて仁王立ちしていた。
私の左隣に着席すると、麦茶をこれまた豪快に注ぎ入れて——グラスからこぼれるくらい注ぐので盛りこぼしのようだ——、私の前に差し出した。
「美羽と会うのいつぶり?」
「一か月ぶりかな」
「そんな会ってなかった?」
「桜子の仕事、邪魔しちゃ悪いかと思って」
「遠慮するような仲じゃないっしょ?」
桜子が倉持酒造の社長でもある父の背中を追って杜氏になると私に告げたのは、高校一年の頃だった。
女性杜氏は数少なく厳しいからと最初は両親に反対されたものの、一人娘の自分が倉持酒造を継ぐときかない桜子の強い意志に最終的に両親が折れた。
高校卒業後、杜氏となるべく修行を重ねている。
今は女性でも飲みやすい清酒の開発をしていて、第一号となる『麗繊』を今年の初めに販売した。売り上げは好調で、味をしめて次なる新商品の開発を目論んでいる、らしい。
「んで、私と会わなかった一か月の間、美羽は何してたの?」
麦茶を飲み干した桜子に、私は一か月前に起きた出来事を順に話して聞かせた。
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