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桜並木は川沿いに立ち並び、間隔をおいてライトアップされている。光に照らされた桜は、昼間とは別の顔を見せて見物に来た人達を魅了していた。
午後九時を過ぎれば夜桜見物の人もまばらになり、比較的ゆっくりと桜を見ることができる、はずなのだけれど。
「美羽」
それなのに、頭の上から落とされる優しくて低い声音は、私の脈を早くうち鳴らすのには十分な甘さを持っている。
「は、はいっ」
そう答えるのが精一杯で、私の視線は右往左往して落ち着かない。
桜を囲む柵の前にいる私達の後ろを、夜桜の見物客が鈍足で過ぎていく気配がする。その視線がどうかこちらに向きませんようにと祈っていた。
ふっと、爽やかな香水の香りが強くなり、私の鼻腔をくすぐる。匂いだけで胸が一段と高鳴るのだから、たまったものではない。
「どこ見てんの?」
さっきは少し遠くから聞こえていた声は、私の耳元に注がれている。色を増したオーラに押され、思わず距離を取ろうとした。
だが、これ以上離れることはできない。
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