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背中には、彼の気配をすぐ近くで感じる。私を挟むように彼のたくましい腕は柵に置かれ、どこにも逃げないように囲いこんでいる。
「あのぉ……」
「ん?」
「どうして、後ろから、ハグを?」
目を合わせなくとも、彼がくつくつと意地悪く笑っているのは想像に難くない。
「嫌?」
「とても恥ずかしいです。人前で……」
「みんな上ばっかり見てるから、下で俺達が何しようが気にしてないよ」
そう言いながら、柵に置いていた片方の手を私のお腹にまわして自分のもとへ引き寄せてきた。
拳ひとつぶんくらい空いていた距離が縮まり、背中に彼の体温を感じて思わず身じろぐ。驚愕して見上げれば、涼やかな目元を緩ませ口は弧を描いている男と視線がかち合った。
稲見飛鳥。
憧れのカメラマンの名前を知ったのは、シオン写真館が経営するスタジオ『Dear』に就職してすぐのこと。受付として配属された私の目の前に、あの飛鳥さんがいたのだから心底驚いた。
五年前、本城結亜が芸能界を引退した年。飛鳥さんもまた活動拠点を移して、東京から離れた田舎県のスタジオ『Dear』のカメラマンとして働いていた。
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