序幕 世界樹の愛し子

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序幕 世界樹の愛し子

 芳しい白と薄紫が微風に揺れ、その花弁が舞い散る。  夜明けの澄んだ空気と輝く日差しの中、溜息が零れる程の美しい光景を見つめ、母は我が子を腕に抱きながら途方に暮れていた。  数多の命を育む奇跡の惑星アステラ―――、その星に存在する大陸ルリアスには、セルタと呼ばれる摩訶不思議な力が溢れていた。   その力は、ルリアスの中心に鎮座する世界樹シャラファーナシフェルの命の営みと共に枝葉から大気へと放たれ、その根はセルタの巨大な結晶を抱いていた。  ルリアス大陸に生きる全ての生物は世界樹より放たれ、大気に混じるセルタを息をすることで体に取り込み、その胸に持つセルタ石と呼ばれる器官から、生命維持や身を護る為に利用していた。  セルタは一種のエネルギーであり、そうでありながら意思を持っていた。  セルタには大別して光、闇、水、地、風の五つの意思が存在し、その意思は精霊と呼ばれた。  ルリアス大陸に生きる人類セビアスは言葉によって精霊から力を受け取り、己の思うままに物事を行なえる術を手にしていた。  指先一つで火を起こし、水を霧や氷に変え、強固な岩を触れることなく持ち上げ、砂漠に花を咲かせ―――…、それは魔法や魔術と称される類のものだった。  しかし、セルタも万能とは限らない。  森羅万象に逆らうことは不可能であり、時間を遡ることも死んだものを蘇らせることも出来ない。  その上、世界樹の根に存在する結晶石から大気に放たれるセルタの量は、世界樹の状態により大きく左右された。  強烈な嵐や地震などの天災により、世界樹が弱る度セルタの均衡は崩れた。  それはルリアス大陸に生きる全ての生き物の命を、容易く屠る威力を持っていた。  襲い掛かるセルタの荒波に怯え、セビアスは世界樹を天の怒りから守る術を探し続けた。  苦悩の果てにある時、彼等は一際のセルタの力を抱く乙女の祈りと歌声がセルタを司る精霊を鎮め、世界樹を癒すことを突き止めた。  その者は、時導(ときしるべ)の巫女と呼ばれ、セビアスは一際の力を持つ娘が現れる度、その者を巫女に据え、ルリアスの安寧を守る使命を背負わせ続けていた。  そして、時導の巫女による世界樹の管理体制が築かれてから五千年の今―――…。  長旅に草臥れて母の腕の中で眠る幼い少女は、新たな巫女の力に目覚め、その力の程を確かめる為に世界樹の下を訪れていた。
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