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「さっき散々泣いたから大丈夫」
そう言ってトワはにっこりと微笑みを見せた。
言われてみれば、微かに目元が赤くなっていた。
「実はね…、今朝あの子が来てね」
戸惑ったような苦笑に、すぐにルコウの事だと分かった。
トワが言うには今朝一番―――、夜明け間もない頃だったそうだが、窓を叩く音がして起きてみると、部屋のベランダにルコウがいたらしい。
彼女は銀細工のネックレスを渡し、惜別の言葉をくれたそうだ。
「親孝行は出来なかったからって代わりにこれをくれてね…。いつまでも元気でいて欲しいって…。別れの時は笑顔でって、約束したからお城を出るまで頑張って我慢していたんだけどね…」
困ったように笑いながら、トワは胸に輝くネックレスを指示した。
それは銀月祭の夜店で彼女が母にと買った品だった。
「口ではもう娘ではないと言いながら、やっぱり駄目ね。姿を見た瞬間、あの子を思いっきり抱き締めちゃった」
お道化たように肩を竦めながら、それでもその表情に悔いはなかった。
潮の香りを味わうようにトワは深呼吸を繰り返す。
そして、吹っ切れたように息を吐いた彼女は、積年の束縛が解けたように清々しい顔をしていた。
「さて!私も明日から心機一転、進み出さなきゃ…!」
己に言い聞かせるように言い放ち、背伸びとばかりに大きく腕を伸ばす。
そして、その手を下ろしながら、トワはそっとサハナの頭を撫でた。
「あの子を宜しくね」
その言葉を残し、何事もなかったかのように彼女は戻って行った。
背を見送りつつ撫でられた頭を触り、サハナは肩を竦めて苦笑い。
もう会うことの叶わない親子の想いを、託されたのだと悟った。
「………、行ってきます」
再びベルリルフ島に振り返り、何処か真剣な面持ちで呟いた。
しっかりと気持ちを切り替えて、これからの三年間、時導の巫女として相応しい教養を身につけなければいけない。
本格修業が始まるまで、残された時間は短くはないが、決して長くもない筈だ。
これは帰路ではなく、旅立ちなのだと――…、長い修行の旅に向けた助走が始まるのだと、己を奮い立たせた。
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