第七話 邂逅する者、惜別する者(4)

4/10
前へ
/321ページ
次へ
「さっき散々泣いたから大丈夫」  そう言ってトワはにっこりと微笑みを見せた。  言われてみれば、微かに目元が赤くなっていた。 「実はね…、今朝あの子が来てね」  戸惑ったような苦笑に、すぐにルコウの事だと分かった。  トワが言うには今朝一番―――、夜明け間もない頃だったそうだが、窓を叩く音がして起きてみると、部屋のベランダにルコウがいたらしい。  彼女は銀細工のネックレスを渡し、惜別の言葉をくれたそうだ。 「親孝行は出来なかったからって代わりにこれをくれてね…。いつまでも元気でいて欲しいって…。別れの時は笑顔でって、約束したからお城を出るまで頑張って我慢していたんだけどね…」  困ったように笑いながら、トワは胸に輝くネックレスを指示した。  それは銀月祭の夜店で彼女が母にと買った品だった。 「口ではもう娘ではないと言いながら、やっぱり駄目ね。姿を見た瞬間、あの子を思いっきり抱き締めちゃった」  お道化たように肩を竦めながら、それでもその表情に悔いはなかった。  潮の香りを味わうようにトワは深呼吸を繰り返す。  そして、吹っ切れたように息を吐いた彼女は、積年の束縛が解けたように清々しい顔をしていた。 「さて!私も明日から心機一転、進み出さなきゃ…!」  己に言い聞かせるように言い放ち、背伸びとばかりに大きく腕を伸ばす。  そして、その手を下ろしながら、トワはそっとサハナの頭を撫でた。 「あの子を宜しくね」  その言葉を残し、何事もなかったかのように彼女は戻って行った。  背を見送りつつ撫でられた頭を触り、サハナは肩を竦めて苦笑い。  もう会うことの叶わない親子の想いを、託されたのだと悟った。 「………、行ってきます」  再びベルリルフ島に振り返り、何処か真剣な面持ちで呟いた。  しっかりと気持ちを切り替えて、これからの三年間、時導の巫女として相応しい教養を身につけなければいけない。  本格修業が始まるまで、残された時間は短くはないが、決して長くもない筈だ。  これは帰路ではなく、旅立ちなのだと――…、長い修行の旅に向けた助走が始まるのだと、己を奮い立たせた。
/321ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加