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「おやおや⁉これは北の大賢者殿!こんなところでお会いするとは!お久しぶりです!」
入って来た当初からこちらを注視しておきながら、富豪の口ぶりは偶然を装っていた。
全くもって、台詞染みていると思いつつもミヤコは恭しく頭を下げた。
「お久しぶりです、ブガリテ卿…」
その名を聞いて、マサトは眉を顰めた。
見覚えがあると思ったが、その名で思い出した。
巷の流行やゴシップに鋭いファイダンが絶句したのも、ミヤコが瞬間的にサハナのガードを頼んだのも頷ける。
サハナは巷のトレンドやエンタメニュースに疎い――というより興味が無い。
故に、目の前の富豪の素性も知らない可能性が高かった。
「皆様はこちらの宿にお泊りですかな?」
「ええ、その予定でしたが…。ブガリテ卿もお泊りに?」
やんわりとはぐらかすミヤコに富豪は下品な笑みを浮かべた。
「いやぁ、我が家が目の前にあるのに宿泊なんてしませんよ。このホテル、最上階のレストランだけは絶品でしてな!やはり一流シェフであるロブニー氏が手掛けるだけはある!我が社のホテルにも系列店の展開を依頼しているのですが、気難しい人物故に中々…。こちらのホテルのオーナーのゴマ擦りは見習わねばなりませんな!」
何とも鼻にかかる言い方に、ロビーの人々はヒヤヒヤしていた。
受付のバックヤードでは今もオーナーが必死に空いている宿を探している筈だ。
その上、確かに富豪の経営する宿泊施設も超一流であるが、ここだってかなりのランクだ。
商売敵とは言え、その言い草は失礼極まりない。
「失礼。リースマン様、申し訳ありません。」
そっと背後から近付いてきた声にミヤコは肩を揺らした。
誰かと思ったが、騎士隊長だった。
「申し訳ありません。今ほどベールクオン城に確認を取ったのですが、本日は空き部屋が確保ないそうです」
申し訳なさそうに隊長は結果を伝えているが、その様子にミヤコは違和感を覚えた。
首都の中心とあり、何かと会議や晩餐会など催しの多いベールクオン城だが、有事に備えてその収容人数はそう簡単に満員になるようには出来ていない。
確認中ならともかく、連絡を頼んでからどうにも結論が早過ぎる気がする。
思えば、宿探しを始めてから随分経つが、何故かオーナーだけが一向にバックヤードから出て来ない。
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