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「“君子の遊戯”も批判されるとは…。いったい、この国の婦人たちは何をして日々を送っているのだろう」  やることなすこと全てに冷たいまなざしが注がれることに王妃たちはうんざりしてしまった。 「道学の教えに従い婦女子は屋敷の奥の部屋でひっそりと手工をして暮らせとでもいうのでしょうか」  “道学の教え”は曼珠国でも普及しているが、それほど厳格に守られてはいなかった。上流層の未婚の娘が、やたらに出歩くのは禁忌されているが、自宅内の庭に出て活動することは問題なかった。  取り敢えず、当分は部屋の中で読書や刺繍、絵を描いたりして過ごすことにした。  翌日は、雨降りだったので王妃は刺繍道具を用意させた。 「久しぶりに針を持つのだが、さて何を刺そうか‥」  王妃が問うと 「曼珠沙華と槿花は如何でしょう」 と侍女の一人が答えた。 「そうだな、両国を象徴する花を刺して主上に献上することにしよう」  雨は数日続いたので、その間王妃と侍女たちは刺繍に専念した。  雨が上がり、太陽が姿を見せると王妃は 「このような好天の日に室内にいるのはもったいない、今日は外で詩会をしよう」 と提案した。侍女たちから歓声が上がった。  元遊牧民族であった曼珠の女性たちは木槿国の女性よりも活動的だ。上層階級の女性たちも同性同士で馬に乗って遠出を楽しんだりする。  王妃たちも内心では投壺や鞦韆に乗ったりしたいのだが、周囲の目(?)があり我慢するのである。 「木槿国の者たちも誘って“詩会”をしてみようではないか。この国には歌辞と言う短詩があるらしいゆえ、それを披露して貰おう」  侍中はさっそく木槿人の宮女たちに声を掛けたのだが辞退されてしまった。  王妃も侍中等侍女たちも木槿人の宮女や内侍(宦官)たちとは良好な関係を築きたかった。自分たちがここに来たのは木槿国と曼珠国の友好促進という面もあったからでもある。だが、相手側はそれを望んでいないように感じるのだった。  詩会の当日は朝から天気がよく、王妃以下曼珠の女性たちは胸を弾ませた。せっかくだからと、皆、髪を美しく結い上げ、お気に入りの衣裳を身に付けて庭に出た。その艶やかな姿は木々の緑によく映えた。  眺めの良い場所に敷かれた茣蓙の上には紙や筆等の文房具の他にお茶の道具と様々な点心が盛られた大皿が幾つか置かれていた。  茣蓙の上に丸く座った王妃たちは、まず、お茶を飲む。お茶に詳しいという評判の侍女が入れてくれたためとても美味だった。 「このお茶は先日、皇帝陛下より下賜されたものだ。今日は、陛下への御礼の詩とこの庭の風景を詠んでみようではないか」  王妃が詩題を言うと、さっそく、皆、構想を練り始める。と言っても黙って思索するのではなく、互いに語り合い、お茶や点心を食べながら行うのである。詩会の目的は詠むことよりも、むしろこちらにあるのである。これは男性文人たちも同様で、彼らの場合はお茶と点心の代わりに酒肴が用意される。  そうしたこともあって、この詩会はとても賑やかだった。 「この点心、とても可愛い!」 「味もいいわよ」  侍女たちは詩とは関係ないことで盛り上がった。 「皆さん、そろそろ発表の準備をして下さいね」  侍中が言うと皆、筆を走らせた。 「では、それぞれの詩を詠んでもらおうか」  王妃の言葉に侍中以下の侍女たちが自作を披露する。  王妃は、一つ一つを評していった。その出来栄えは様々だが、優劣を競うのが目的ではないので皆楽しげだった。最後に王妃の作品が詠じられて詩会は幕を閉じた。  だが皿の上には、まだ点心が残っていたので一同はそのままそこでお茶を飲みながらお喋りを続けた。  日が傾く頃、ようやく一同は屋内に入ったが皆、とても満ち足りた表情だった。  翌日はまた雨模様だったので囲碁や双六をして過ごした。  囲碁は実力がものをいうが、賽の目任せの双六の勝敗は運次第である。それゆえ誰でも勝てる可能性があった。 「木槿国にも双六はあるだろう、かの者たちと競い合いをしようではないか」  王妃は無駄とは思いつつも侍中に声を掛けさせたがー。 「やはり駄目だったか‥」  侍中の答えに落胆するのだった。  この国は身分が厳格ということなので自分の国のように主従が親しくなるのを忌避しているのではないか、王妃たちはそう思うのだった。  さて、先日の詩会で思うように良い詩が出来なかった王妃と侍女たちは、勉強不足を感じ、しばらく書物を読んで議論することにした。本来ならば講師を招いて教えを請いたいところだが異国の王宮ゆえそうもいかなかった。  ある書物の中に登場人物たちが管弦を楽しむ場面が出てきた。 「そういえば、こちらに来てから楽器を弾くことは無かったなぁ」  王妃が呟くと、 「はい」 と侍中が応えた。 「久しぶりに皆で奏してみようではないか」  いつものように王妃が提案すると一同は喜んで賛成した。  琴棋書画は上層階級の必須教養だった。王妃はもちろんのこと侍女たちも、こうしたものを身に着けていた。それゆえ、皆、巧拙はさておき楽器を奏でることは出来た。  翌日、皆はそれぞれ得意の楽器を持って王妃のもとに集まった。大半は王妃同様、琴だったが中には琵琶を持った者もいた。 「侍中は横笛を奏しなさい」  琴を抱えてきた侍中に王妃はこう命じた。  集まった侍女たちの中には管楽器を持った者はいなかった。女性たちの間では管楽器はあまり好まれなかったのである。そうしたなか、侍中は横笛が出来た。それもなかなかの腕前という話を王妃は耳にしていたのである。 侍中本人は人前では横笛は奏したくなかったが、王妃さまがおっしゃる以上拒否は出来なかった。  侍中は横笛を持って再度王妃の側に侍った。 「まず、各自で独奏して貰おうかしら」  こう言いながら王妃は侍中を見る。 「はい、私から致しましょう」  侍中は意を汲んでさっそく吹き始めた。 「“高山流水”ね」  王妃が言うと一同は頷く。侍中の笛の音は、まさに山中を流れる川のせせらぎだった。  侍中が演奏を終えると王妃を始め皆感心した。 「噂に違わず大したものだ」 王妃が称賛すると 「恐れ入ります」 と侍中は言葉通り恐縮した。 「次は…」 王妃が別の侍女を指名すると彼女は「侍中さまの後では…」と恥ずかしそうに応じながらも見事に琴を演奏した。 その後も各自、琴や琵琶など、自身の楽器を披露していった。そして最後に王妃が琴を弾いてその日は終わった。 「明日は合奏をしよう。侍中は笛をなさい」  王妃は侍中に向かって言うのだった。
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