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五
凧は相変わらず気持ちよさそうに空に浮かんでいる― そう思いながら眺めていたところ、紐が切れたのだろうか、凧は、突然、真っ逆さまに落ちていった。着地点は別殿と他の宮殿との境目の森のようだった。
侍中は部屋を出て森に向かった。
そこは王妃の使い等で正殿や内殿に行く時に前を通るが、中に入るのは今回が初めてだった。木々は半分以上落葉樹のようで枝しか見えなかった。そのお陰で周囲は明るく歩きやすかった。暫く行くと池があり、その奥は狭い空間があった。凧はそこにあった。
「木槿国の凧は四角いのね」
侍中はこう呟きながら凧を拾い上げた。下半分が四色に塗られていて中央に穴があいている。彼女の知っている凧は蝶の形をしていて美しく模様が描かれていた。
「確か、このあたりだと思うのだが‥」
奥の木々の間から若い男性の声が聞こえてきた。その主はすぐに現れた。
「あっ‥」
互いの姿を確認すると同時に二人は軽く悲鳴を上げた。
「岐城さま〜、ありましたか〜」
男性が出てきた方向から子供の声がした。
侍中は手にした凧を目の前の相手に渡し、そのまま後も振り返らず去っていった。
自室に戻った侍中の鼓動は暫くの間止まなかった。大急ぎで走って来たためだけでないのは分かっていた。
木槿国に来てから国王よりも若い男に会ったことはなかった。別殿にいる時は内侍(宦官)のみで、正殿や内殿に行った時も彼女を迎えるのは自身の父親や祖父の年代の官僚たちだった。
息が収まると共に先程の男性について考え始めた。官服を着ていなかったので官吏や王宮関係者ではなさそうだ。主上に似ていたような、いないような‥。
「尚宮さま」
端女の声に侍中の思考は中断した。
「何用か?」
「王妃さまがお呼びです」
「わかった」
侍中は部屋を出た。そして出入口に控えた端女に訊ねた。
「きそん様を知っておるか?」
「岐城さま‥十六夜君のことですか。主上の弟君で先の王様の十六番目の御子なのでこう呼ばれています」
端女は説明を始めた。
生母は内医院所属の医女で、先の国王が病床にある間、付きっ切りで看病しその時に御手付きになり生まれた御子だそうだ。特に寵愛されることも無く母子は王宮の片隅でひっそりと暮らしたそうである。
少年時代に母親を亡くし、数年前には最愛の妻も失って現在は独り身、常に控えめにしているせいか、いつしか呼び名さえも忘れられ、単に十六番目の王子、十六夜君と呼ばれるようになってしまった。
「でも十六夜の君なんて素敵ではないか」
「そうでしょうか」
侍中の言葉に思わず苦笑した端女は話を続けた。
「尚宮さまはどちらで十六夜君の名前をお耳にされたのでしょう、普段は話題にすら上がらない方なのに」
「内殿の内侍たちが話していたのが聞こえたのだ」
言い訳じみた口調になり我ながら戸惑う侍中だった。
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