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 自室に戻った彼女は窓を開けた。暖かな風と共に白い花びらが入って来た。 「梅が咲いたのか」  もうそんな時期になったのか~いや、正月なのだから当たり前のことだ。忙しさにかまけて花の咲くのも忘れていた。  空を見上げると今日も晴れ渡っていた。  木槿国の正月は穏やかな日々が続くと聞いていたが、その通りだった。 「あれは凧だろうか」 青空の中に四角形のものが浮かんでいた。 「ここでは正月に凧揚げをするのか」  自分が生まれ育った曼珠では清明節に凧揚げを楽しんだなぁ…。  窓辺に座った彼女は、ぼんやりとここに至るまでの経緯を思い返した。  彼女は曼珠国の上流層の家に生まれた。 母親は木槿国の女性だった。もちろん何人かいる側室の一人で、彼女は庶女になる。このことで特に困ったことはなかった。大邸宅の一角に彼女たち母娘の住居があり、下働きの者もいた。衣食住の不自由することは無く、上流階級のお嬢さま生活を送っていたのだった。 この屋敷には主人すなわち彼女の父親の親族たちや愛人とその子供たちも住んでいたが、そうした人々との折り合いもよく、同年代の子供たちとは仲良く遊んだものだった。 屋敷内では、節句を始めとして様々な年中行事が行われ、そのたびに楽しく過ごした。お正月の祝賀会、元宵節、清明節…等々、様々な行事の風景が脳裏に浮かんだ。 幼かった彼女にとっては全て胸がときめく事柄だった。 だが、子供時代は永遠に続くものではなかった。 屋敷内のいわゆる“適齢期”を迎えた少女たちは相応の家柄の男性のもとへ嫁ぎ、次々と出て行った。自分もいずれはそうなるだろうと彼女も覚悟をしていた。 そんな彼女のところに来たのは、嫁入りの話ではなく、女官となって出仕することだった。 先の外征によって隣の小国・木槿国が我が国に服属することになった。両国の関係を強化するために我が国の王女の一人を木槿国王に嫁がせることになったそうだ。その王女付きの女官の一人になり、木槿国に行ってほしいとのことだった。 「お前は木槿国語も分かるから、王女さまの訳官の役目をすることになるだろう」  どうやら言葉が分かることが買われたようである。 「異国に行くことになり大変だと思うが勅命ゆえ受け入れてくれ」  父親は少々申し訳なさそうな口調で言ったが、彼女は快諾した~もちろん断ることなど無理なのだが。  彼女の木槿国行きが決定した後、母親は寂しがる反面、喜んでもいた。 「木槿国は、君子の国だから、やはり向こうで暮らす方がいいわね」  母親は曼珠国を内心、野蛮な国と思っていたようだった。  こうして彼女は木槿国に来るようになったのである。
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