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山の天気は変わりやすい。晴れていたと思っても急変する。偶然見つけ逃げ込んだ避難小屋はあばら屋みたいな粗末な造りで、雨漏りはするし、割れた窓ガラスからは容赦なく雨が小屋の中に入り込んでくる。
「もぅ、最悪。天気が変わるなんて聞いてないし」
交際してもうじき三か月になるユミが文句を言いながらカッパを脱ぎ捨てた。
「トオル、寒い。ねぇ、ちょっと聞いてる?
「あ、ごめんね」
ユミの隣に腰を下ろすと、目をとろんとさせて、媚びるようにしなだれてきた。肩をそっと抱き寄せると、胸にすがりつくようにしがみついてきた。
「なんかね、急に眠くなっちゃった」
「寝ててもいいよ。雨雲レーダーの予報だとあと1時間後には止むみたいだから。おやすみ」
ユミの額に軽く口付けると安心したように目を閉じた。
「きみが寝れるように昔話をしてあげるよ」
「もうやだ~~わたし、子供じゃないよ」
ユミがぷぷっと吹き出した。
「まぁ、いいから聞いて。昔、昔、あるところに、眞里という女の子が住んでました。眞里は、ユミという女の子とはそれはそれは仲が良くてまるで本当の姉妹のようでした」
「トオル、なんで眞里のことを……?」
ユミの顔色が変わった。
「ユミは中学校に入ると、手の平を返したように眞里を無視し、クラスの女子とぐるになり、いじめるようになった。アトピー性皮膚炎を長く患っていた眞里を汚い、シラミがうつる。バイ菌扱いをした。やがて眞里は不登校になり、部屋に引きこもるようになった」
チラリとユミを見下ろすと、顔面蒼白になり、がたがたと震えていた。
「やっと思い出してくれた?いじめる側の子は自分が何かしたかすぐに忘れる。でも、いじめられた子は心と体に一生消えない背負い、死ぬまで苦しみ続けることになるんだよ。きみは眞里がどんな想いで自らの命を絶ったか、考えたことがある?」
ユミは必死で睡魔と戦っていた。
「もしかして……水筒に入っていたのって…」
「睡眠薬だよ」
ユミの体を突き放し、すっと立ち上がった。
ヒビだらけの窓ガラスは、水筒の底で軽く叩いただけで面白いように全部割れ、横殴りの雨が容赦なく入ってきた。
「ユミおやすみ。眞里と会えればいいね。でも、きみの行く先は天国じゃなくて、地獄だから、会えないか。きみはまだ息のあった眞里を見捨てたんだから。あの時、先生を呼んでくれれば、眞里は助かった」
すっかり寝入ったユミの体は雨風にさらされ、どんどん冷たくなっていった。
「救助の要請をお願いします」
スマホを耳にあて短く伝える。
「ごめんな」
「謝るのは僕の方です。10年前、眞里を助けたら次は自分がターゲットになる。それが怖くて助けられなかった。眞里を見殺しにのも同じです。眞一さん、ありがとうございます」
眞里の兄に謝意を伝え電話を切った。
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