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出来損ないヒーロー #1
あの人は、俺を「ヒーローだ」と言った。
けど俺は、自分の前から居なくなるあの人に手を伸ばす事も、縋る事さえも出来なかった。
諦めた訳では無い。
「悪」になり切れず、手段を選んでしまった。
いっその事、自分が悪い人間であったなら方法なんて、周りの目なんて、世間体なんて気にもせずに今あの人とまだ笑いあえていたのかもしれない。
格好つけのあの人は、いつも誰かを守っていていつも誰かの代わりに犠牲になって苦しんでいた。
それを隣で見てきたのに、気づいた時にはいつも手遅れだった。
あの人は、俺と居て幸せだったのだろうか。
俺はまだ大人になんかなりきれていない。
貴方を諦めることが大人になることの一つなのだとしたら、俺は一生我儘で馬鹿な子供のままでかまわない。
例え出来損ないの非力なヒーローだとしても、俺の中に募っている想いの重さも大きさも未来永劫、彼と出会った事実がある限り変わることはないのだ。
─……そして俺は今も、あの人の事をずっと信じているのだ。
出来損ないヒーロー #1
「今日もうさ先輩はかっこいいねぇ~」
「足も長いし、髪赤いのも似合ってるし」
「あんなに柄悪そうなルックスなのに話しかけるといつもニコニコしてくれるし」
「甘い声に関西弁のギャップ!」
「勉強も、運動も申し分ないしさぁ」
「まぁそこまでは完璧だけど……」
「付き合いたいとは思わないよねぇ~!!」
賑やかな教室で一際響く窓際ではしゃぐ女子生徒達の甲高い声。
窓の外、校門から昇降口まで続く道をのんびり社長登校して来る派手な容姿の男子生徒は、クラスの女子のみならず恐らく全学年の生徒の注目の的らしい。
外見が派手だから……と一言で言ってしまうのは簡単だが、まあ結局はルックスが抜群に良いのだ。
染めている赤い髪は傷んでおらず艶やかで、スラリとした一八〇はゆうに越えるであろう高身長で手足は細く長い。
流石に華奢というわけではないらしいがお世辞にもガタイ良いとは言い難い細さの為か、モデル体型というよりかは少々不健康さを感じる体型である。
そんな細い身体にワイシャツをラフに羽織り、ズボンもゴツイベルトのせいかダボついて見えていた。
腕につけてるアクセサリーや、指輪、ピアスも美意識なのかただ単に付けたいものを付けたいだけ適当に付けているのか、ゴチャゴチャと身に付けていてそれらも重く見えるくらいには細身であった。
そしてなんと言っても彼がこんなにも連日騒がれている理由は体型も去ることながら、抜群のスタイルに引っ下がっている顔面の偏差値の高さのせいだろう。
そんじょそこらの所謂「イケメン」呼ばれるような容姿どころの騒ぎでは無いのである。
純粋な日本の血では無いのか、瞳の色はグレーと碧色を混ぜて水を多く含めた水彩絵の具のような、透明感溢れる宝石よりも美しい色をしていた。
それを縁取るまつ毛や眉毛も黒ではなく、色素の薄い茶色であるから恐らく元々の色素が薄いのだろう。
肌の色も勿論白く、血管は青く浮き出るような透き通ったきめ細やかな肌をしていた。
きっと、彼の器一つ一つが端整に造られた唯一無二の芸術作品のような何とも形容しがたい美しさ、端正さであるからこんなにも芸能人でもないのに騒がれているのだろうと思う。
自分もそこまで悪い容姿ではないと思ってはいるが、やはりあれ程どこの角度から見ても整っていると毎朝鏡見るだけで一日幸せな気分になれるのではないか、だなんて真宏は素直に羨ましく思った。
「真宏、まぁたうさ先輩の事考えてんの~?」
学校一のモテ男の分析を冷静に心の中で行っていると、呆れた顔をした友人の、ハゼ──枦木 日向(はぜき ひなた)──が顔を覗かせた。
「別に、考えてないよ」
「今時ツンデレは流行らないんじゃない?」
「そんなつもりないですけど」
真宏がムッとして言い返すと、ハゼは「はいはい」言いたげにケラケラ笑った。
「ねぇ隆ちゃんからも言ってやんなよ~。うさ先輩は手に入らないって」
ハゼの言葉を聞いた久我は携帯に向けていた顔を上げ、真宏を捉えた。
「あの人が好きなのは尻軽ビッチで巨乳な女だぜ、真宏」
久我は至って真剣に真宏を見つめそんな事を言う。
真宏は溜息を吐いてじろり、と睨んだ。
「うるっさいなぁ。そんなつもりないって言ってるだろ」
少し強めに言えば、ハゼが呆れたように頬杖をついて真宏を半目で見つめた。
「だって真宏、いつから片思いしてんの」
「だから、そんなんじゃないってば!」
この二人がここまで真宏を弄ってくるようになったのには理由があった。
それは今から丁度三ヶ月程前の入学式の日の朝の満員電車での出来事を話してからだった。
それは突然の事だった。
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