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「……別に」
タレが白米にもかかっており、味が濃くて美味しい。良い気持ちで弁当を食べているのに宇佐美に絡まれて、少しムスッとしながら食べる。宇佐美も流石に真宏が機嫌悪いのを察しているためなのか、ギューッと体に腕を回され、折角弁当を食べているのに香水が鼻について邪魔だ。
「ちょっとなんですか」
イライラとしながら問えば、宇佐美は抱きつきつつ真宏の項に顔を埋めたまま答えた。
「これから俺が呼んだらここ来て一緒にご飯も食べよぉ?」
「はあ?」
「"はあ?"て言われんの嫌いやねんけど」
珍しくムスッと言われ、真宏は思わず口を噤んだ。
「先輩誰かと食べてきてから俺を呼んでるんじゃないの?」
肉を口に頬張りながら言ってくる真宏を見て、リスみたいだなと宇佐美は思った。
「おれぇ?誰も居らんよ?食べてへんし」
「えっ」
食べてない、というのは昼をとっていないという事なのだろうか、否、そうなのだろうけど……。
健全な男子高校生が、昼に何も食べぬまま残りの半日を過ごせるとは到底考えられない。
特に真宏はそこら辺の男子高校生よりも、食が太いらしく食べる量が格段に多い方なので余計に宇佐美の胃が心配になる。
「で、でもモテモテじゃんよ。有名人だし……」
戸惑ったようにように言われた宇佐美はクスクス笑う。
「えー?モテんのと昼食うのとは比例せぇへんやろ」
宇佐美って笑うとき少し眉が寄る癖でもあるのかな。
困ったように笑う宇佐美が少し色っぽく見えた。
「真宏はええ友達が居るみたいやな」
ふわりと微笑まれ、顔がいやに近いせいか意図せずドキリと胸が妖しく鳴ってしまう。友達に関しては否定しないけれど、宇佐美に言われると何だか胸がざわざわして落ち着かない気分になる。
「……そうみたいですね。先輩を完全に敵とみなしてました」
「せやなあ。迎え行く度あれは困るから上手く言うとってや」
ハゼとの攻防を思い出したのか再び疲れた顔をしてのしかかってくる宇佐美に、ふふ、と笑いかける。
「言うこと聞くかは分かりませんけどね」
「えー」
先輩はクスクス笑って、そのまま静かに目を瞑ってしまった。真宏も会話を止め暫くご飯を食べていると、いつの間にかすぅすぅと静かな寝息が聞こえ、肩にかかる重さが一層重くなるのを感じた。
本当に眠ってしまったようだ。いきなり電池が切れたように動かなくなるから少し心配になる。
……寝たのか。その体勢キツく無いんだろうか?なんて思うけれど、大人しく枕としてじっと座ることにした。
お弁当を食べ終えやることが無くなってしまい少しだけ、眠る宇佐美の体に背中を預けた。
……ふぅ。これを呼ばれる度にやるとなるとキツイなあ。屋上のコンクリート、尻骨があたって痛い。なんか対策考えないとなあ。
穏やかな初夏の風が二人の間を吹き通る。ぼんやり空を見上げれば中天と呼べるのかはたまた虚空なだけなのか、雲一つない空に引き込まれそうだった。一週間前の自分が学校一のモテ男とこんな風にまた関わるなんて夢にも思っていなかった。何故自分だったのだろうか。いつか話してくれる時は来るのだろうか。
それともその真意は訊くことはできないまま終わるのだろうか。
宇佐美に自分がどのように映っているのだろう。宇佐美の呼吸に合わせて僅かに体が動くのを感じていると脱力しきったのか宇佐美の手が、ぽすり、と真宏の足の上に乗った。なんとなくそれに目をやり、無意識に自分の手を重ねてみた。
……俺より大きいし指も長い……。
手のひらからもう大きさが違うし、指の長さも第一関節分くらい差がある。同じ男なのに、宇佐美の手は骨張っていて俺より男らしい。
でも手のひらに厚みが無い、薄っぺらい。ネイルもしていたらしく、黒に近い濃い紫が綺麗に塗られてある。細いせいでリングや手首のアクセサリーがごつく見える。
……よく生徒指導から怒られないなこれ。言われてんのかな。
手のひらを重ねてぎゅぎゅ、と握って遊んでいると、段々真宏の瞼も落ちてくる。
「ふわぁ……」
ひとつ欠伸をして、ぼやける視界を最後に重力に任せて瞼を閉じた。ぽかぽか暖かくて気持ちがいい。風に乗ってふわふわ香る、宇佐美の甘い香りもやっと心地よく思えるようになった。
段々と意識が遠ざかっていき、気づけば真宏も完全に夢の世界へと入っていた。
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